手には合いませぬ」
組頭蔵人はじめ三宅平七たち五人の者は、目と目を見合わせながら、いずれもぞっと水をでも浴びせられたように、えり首をすぼめました。
怪しいものがないというのに、ぶくぶくとあわがたっているはずはない。しかも、疑問のふた品が岸へ揚げられるまで、ぶきみなその一カ所の周囲ばかりを、底に引く糸でもあるかのごとく漂って離れなかったのが不思議です。
「そんなバカなはずはない。寄りつけないというはずがない。だれぞ勇を鼓して、いまいちどくぐる者はないか」
「…………」
「戦場と思うたら行けるはずじゃ。だれもおらぬか!」
よくよく恐ろしかったものとみえて、裸男たちが声もなく顔見合わせているとき、
「えへへ。みなさんご苦労さま。ただいまはごていねいに早馬をいただいて、あいすみませんでしたね」
姿より先に、かしましい声を飛ばせながら、大道せましと右に左にからだを振って、霧の中をこちらへ駆けつけてきたのは、
あの男です。
あとから静かにむっつりの名人……。
2
「これはようこそ」
組頭《くみがしら》蔵人《くらんど》、それを見るといんぎんでした。
「わざわざお呼びたてつかまつって恐縮にござる」
「いや、てまえこそ……」
右門またもとよりいんぎんでした。
「ご城内のことは、われら町方同心ふぜいの差し出らるべきはずござりませぬが、特にてまえをお呼び出しは、あなたさまのお計らいで?」
「いや、かねがね伊豆守様が仰せでのう。手にあまる変事|出来《しゅったい》の節は、八丁堀に一人心きいた者がおるゆえ、忘れずに、とご諚《じょう》ござったゆえ、その一人とは貴殿よりほかにござるまいと、とりあえず早馬さしあげたのじゃ」
「なるほど、知恵伊豆様のおさし金でござりましたか、その変事とやらは?」
「女持ちのこのふた品じゃ、かような品が浮いているからには、昨夜のうちに入水《じゅすい》した女があったに相違ない。しかし、外濠《そとぼり》ならいざ知らず、このあたりは知ってのとおり、夜中の通行はご禁制の場所、ましてや、われわれお濠方が見まわっておるのに、その目をかすめて女が水死いたしたとすれば、容易ならぬ変事に相違あるまいと察したゆえ、騒ぎの大きくならぬうちに、尊公のお力を借りてと、火急にこっそりお招き申したのじゃ」
「なるほど。なまめかしい品々でござりまするな。浮いていた場所は?
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