不審あって江戸より追っかけてまいったもの。もとより、お改めのうえお通しでござろうが、人相風体、通行申し開きの口上はどのようでござった」
「どのようもこのようもござらぬわい。年のころは五十がらみ。御用|鍛冶《かじ》、行徳助宗、将軍家|御台所《みだいどころ》のお旨をうけ、要急のご祈願あって、高野山へお代参に参る途中じゃ、とこのように申し、御台さまのお手形所持いたしおったゆえ、否やなく通行許したのじゃ」
「なに! お手形まで所持しておったとのう!……」
おどろくべき早手まわしでした。みずから果てたあの岩路こそは、御台所お付きの腰元なのです。事露見と察して、早くも父を高野へ落とすべく、御台所お手形までももらいうけてきたものにちがいない。問題はお槍です。
「長柄物、所持してはおりませなんだか」
「長柄物?」
「槍でござる」
「おらぬ、おらぬ。そのようなもの目にかからば、おきてお定め書きにもあるとおり、証文の吟味もうけるべきはず、いっこう見かけなんだわい」
「それはちと奇態、なんぞ変わったところ、目にとまった覚えござらぬか」
「さようのう……いや、あるある、一つ覚えがござるわい。駕籠の肩棒が並みよりも少々太めで、きりきり白布で巻いてござったが、変わったところといえばそのくらいじゃ」
「それこそまさしくお槍! 六尺柄の肩棒とは、ちょうどあいあいの長さじゃ、容易ならぬことになり申したぞ。番のおかた! 上役のおかたはおりませぬか! おはようこれへお出会いめされいッ」
声にあわただしく姿を見せたのは、番頭《ばんがしら》次席あたりとおぼしき関所役人です。
「容易ならぬくせもの、まんまと当関所を破ってござる。お力借りたい、火急にお手配くだされたい」
「貴殿は?」
「江戸八丁堀、近藤右門と申す者じゃ」
「なに、ご貴殿がのう。ご姓名は承っておらぬでもないが、関所のおきて、なんぞお手あかし拝見つかまつりたい」
「取り急いでまいったゆえ、ご奉行さまお手判は所持しておらぬが、これこそなによりの手あかし、ご覧召されい」
取り出したのは、きのう朝、お濠方《ほりかた》畑野|蔵人《くらんど》から火急の招致をうけたその招き状です。
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「城中、内濠にていぶかしき変事|出来《しゅったい》、即刻おん越し待ちあげ候《そうろう》。
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