飛ばして、ここが四里。日あしの長い初夏の日にも、もう夕ばえの色が見えました。
 普通の旅なら、むろんここで一宿していい刻限であるが、追えど走れど、行徳助宗とおぼしき姿も影も見えないのです。
「ああ苦しい、なんとか鳴りつづけていきてえんだが、声が出ねえや。だんなえ! このあんばいじゃ、助宗の野郎も、早駕籠を飛ばせていったにちげえねえですぜ」
「決まってらあ。だからこそ、こっちも早にしたんじゃねえか。いよいよ箱根だ。一杯ひっかけて、景気よく走ってくんな!」
 人足たちがどぶろくをあおる間に、名人主従ははや握りのむすびで腹をこしらえて、いよいよ箱根八里の険所にさしかかりました。のぼり、くだり、合わせて八里とあるが、正確にいえばお関所までの登りが四里八町。下りの三島までが三里二十八町。
 坂にかかったとなると、いかに屈強、早足自慢の人足たち六人が肩を替えつつ急いでも、今までのようにはいかないのです。
 あえぎあえぎ、夜道を登りつづけて、天下名代のお関所門を、おりからの星やみに見つけたのは、かれこれもう真夜中近い刻限でした。もとより、門はもう堅く閉まって、わきには名代のお制札がある。
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   定
一 この関所通行のやからは、笠《かさ》、頭巾《ずきん》を脱ぐべきこと。
一 乗り物にて通る面々、乗り物の戸をひらくべし。
一 鉄砲、長柄物所持の面々は、お公儀定めどおりの証文なくして通行かなわざること。
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右この旨あい守るべきものなり。よって下知くだんのごとし
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[#地から2字上げ]奉行
 そういうものものしいお札です。
「お槍を持って逃げたとしたら、長柄物所持うんぬんのお定め書きにひっかかって、お取り調べをうけているはずじゃ。伝六、大声で呼びたてろッ」
「よしきた。ご開門を願います。江戸よりの早駕籠でござります。この木戸、おあけ願いまする!」
「なにッ、また早駕籠とな! よく早駕籠の通る晩じゃな。まてッ、まてッ。そらッ、はいれッ」
 つぶやきながらあけた小役人のそのつぶやきを聞きのがす右門ではない。
「ただいま、異なことを仰せられたな。よく早駕籠の通る晩じゃというたようじゃが、われらの駕籠の前にも通りましたか」
「一刻《いっとき》ほどまえに一丁通りおった。それがどうしたのじゃ」
「われら、ちと 
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