がさ》が二つ、何かのなぞのごとくにかかっているのです。
坂東三十三カ所巡礼、同行二人と、あまりじょうずでない字でかいて、笠は二つともにまだ一度もかぶったことのない真新しいものなのでした。
「はてね。ちくしょう、だんご茶屋にゃ用もねえものがありますぜ」
伝六にすらも不思議に思われたものが、名人の目に止まらないというはずはない。つるしてあるのも不審なら、新しいところも奇怪、しかも笠の主の巡礼は、どこにもいるけはいがないのです。――きらりと光った目の色をかくして、ほのかな微笑をたたえながらはいっていくと、物柔らかな声とともに赤前だれの娘に問いかけました。
「雨で客足がのうていけませぬな。あの笠は?」
「あれは、あの……」
「おうちのものか」
「いいえ、あの、闇男《やみおとこ》屋敷の七造さまがお掛けになっていったものでござります」
「なにッ、不思議なことをいうたが、今のその闇男屋敷とやらはなんのことじゃ!」
「ま! だんなさまとしたことが、向島《むこうじま》へお越しになって闇男屋敷のおうわさ、ご存じないとは笑われまするよ。ここからは土手を一本道の小梅へ下ったお賄《まかな》い長屋に、市崎《い
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