ざる勢いです。どなり、しかり、当たり散らしながら死骸を見調べると、小娘は年のころ十三、四、手甲《てっこう》、脚絆《きゃはん》、仕着せはんてんにお定まりの身ごしらえをして、手口は一目|瞭然《りょうぜん》、絞殺にまちがいなく、かぶっている菅笠《すげがさ》のひもがいまだになおきりきりと堅く首を巻いたままでした。かぶり直そうとしたところをねらって、ひと絞めにやったものか、それとも押えつけておいて、笠《かさ》のひもをとっさの絞め道具にしたものか、むごたらしくも鼻孔から血の流れ出ているところを見ると、恐ろしい腕力に訴えて強引に絞めつけたことは明らかでした。いや、そればかりではない。その小娘の右手にはいぶかしいひと品がある。着物のそでです。しかも、女物の、同じような仕着せはんてんの片そでなのです。絞められるとき必死に抵抗してそでをつかんだのが、そのまま引きちぎれたとみえて、今なお引いても取れないほどにしっかりと握りしめているのでした。
「ホシは仲間だ。絞めたやつのそでにちがいないぞ。おれだって眼《がん》のつくことがあるんだ。まごまごとしていねえで、もっとよく調べろ」
 まったく敬四郎とても目のきくときがあるにちがいない。よくよく調べると、絞め道具に使った菅笠のそのひもに、小娘の身もととおぼしき文字が見えました。
「日本橋|馬喰町《ばくろうちょう》新右衛門《しんえもん》身内、おなつ」
 読み取るや同時に、敬四郎の得意げな声があがりました。
「そうれみろッ。馬喰町の新右衛門といや、富山《とやま》の反魂丹、岩見銀山のねずみ取り、定斎屋《じょうさいや》、孫太郎虫、みんなあいつがひと手で売り子の元締めをやってるんだ。野郎を洗えばぞうさなくネタはあがるぞ。おきのどくだが、今度だけはこっちのものだぜ。死骸にもう用はねえ。引き取り人があるかもしれねえから、どこか近所の寺へでも始末しろ」
 小役人たちに命じておくと、死骸の手から証拠の片そでを切り取って、鼻高々とひと飛びに乗りつけたところは、ひもに見える馬喰町の呼び商い元締め、越中屋新右衛門の店先です。
「おやじはおるかッ。八丁堀の敬四郎じゃ。いたら出い!」
 横柄《おうへい》に呼びたてながら、ずかずかとはいっていったその鼻先へ、ぬっとその新右衛門が顔を向けると、少し変でした。やにわににやりと笑って、大きな横帳をさし出しながら、何もかも心得ているもののようにいったものです。
「お尋ねはこれでござりましょう。いまかいまかと、お越しになるのをお待ちしていたところでござります」
「なに! その横帳はなんだ」
「身内の売り子の人別帳でござります。麻布で害《あや》められたとか申しましたなつの身もとをお詮議《せんぎ》にお越しであろうと存じますゆえ、お目にかけたのでござります」
「気味のわるいことを申すやつじゃな、どうしてそれがあいわかるか!」
「えへへ。あっしがそれとにらみをつけたんじゃござんせぬ。つい先ほど右門のだんなさまがのっそりとおみえになりまして、この人別帳をおしらべなすった末に、あとからいまひとりこれに用のある同役が参るはずじゃ、親切に応対してあげい、とのことでござりましたゆえ、いまかいまかとお待ち申していたのでござります」
 せつなに、敬四郎のあばたがゆがんで、ふるえて、目に険しい色がみなぎり渡りました。
 来ていたのである! まんまと先手を打ったつもりでいたのに、どうしてそれと眼をつけたか、あざやかにも名人右門が、すでにもう先手を打って、ちゃんとここへ身もとを洗いに来ていたのである。
「見せいッ」
 奪い取るようにして手にしながら調べてみると、なつ、ちか、くに、はつ、うめ、なぞ十二、三人の名まえを連ねた孫太郎虫の売り子たちは、神田《かんだ》旅籠町《はたごちょう》の安宿八文字屋に泊まり込んでいることがわかりました。
「たわけめがッ。お茶なぞ出すに及ばんわい。気に入らんやつじゃ。気をつけろッ」
 わけもなくただふきげんにどなりつけて、ひた走りに神田へ駕籠を急がせました。

     2

「これはようこそ。雨中を遠くまでお出かけなさいまして、ご苦労でござりましたな」
 敬四郎の駆けつけた気勢をききつけて、さわやかに微笑しつつ、その八文字屋の奥から出てきたのは、だれでもないむっつりの右門です。あとから伝六がのこのことしゃきり出ると、これが浴びせたのに不思議はない。
「えっへへ。敬だんな、お早いおつきでごぜえましたな。麻布はたぬきの名どころだ。子だぬきにちゃらっぽこやられたんじゃござんすまいね」
「なにッ。早かろうとおそかろうと、いらぬお世話じゃ。どけッ、どけッ」
「きまりがわるいからって、そうがみがみいうもんじゃねえですよ。知恵箱のたくさんあるだんなと、知恵働きの鷹揚《おうよう》なだんなとは、こういうときになって
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