ってるんだからね。のそのそしてりゃ、せっかく早耳に聞き込んだ事件を横取りされるんじゃねえですかよ!」
 たちまち伝六が目かどをたてて鳴りだしたとき、高々と呼びたてた声がひびき渡りました。
「右門殿、お声がかかりましてござります! 火急に詮議《せんぎ》せいとのお奉行さまお申し付けにござります!」
「えっへへ」
 鳴ったかと思うとこの男、たちまちまたたいそうもない上きげんです。
「うれしいね。扱いが違うんだ、お扱いがね。こそこそと内訴訟してやっとのことお許しが出るげじげじと、お奉行さまおめがねで出馬せいとお声のかかるだんなとは、段が違うんだ。――駕籠《かご》のしたくはもうちゃんとできているんですよ、とっとと御輿《みこし》をあげなせえな」
「…………」
 ようやくに腰を浮かしたが、ひとことも声はない。何を考え込んで何を思いふけっているのか、じつに驚くほどにもむっつりと押し黙って、まったくの無言の行なのです。――雨ゆえに、きょうばかりは二丁きばった御用駕籠を連ねながら、おしの名人と、おしゃべりの名人とは、一路話のその麻布北条坂目ざして急ぎました。
 だが、不思議でした。
 あば敬主従と右門主従とは、お番所を出るのに一町と隔たってはいなかったのに、しかも双方ともにその目ざしたところは、孫太郎虫売り娘殺害の現場と思われたのが、途中でひょいとふり返ってみると、右門の駕籠も伝六の駕籠も、いつのまにどこへ消えていったか、かいもく姿がないのです。
 ひとてがらしてやろうと先手を打って飛び出しただけに、敬四郎、心中はなはだ気味わるく思ったにちがいない。手下の直九郎、弥太松《やたまつ》ふたりを、がみがみどなりつけました。
「ぼんやりしているから、ずらかられちまったんだ。どっちへ曲がったか捜してみろ」
「捜しようがねえんですよ。どこまで姿があって、どこから消えたものか、それがわからねえんだからね」
「文句をいうな! 手下がいのねえやつらだ。所をよく聞かなかったが、人殺しゃどこだといった」
「おどろいたな。あっしどもは、だんなが飛び出したんで、そりゃこそてがら争いとばかり、あとをついてきただけなんですよ」
「いちいちとそれだ。もっと万事に抜からぬよう気をつけろい。たしか北条坂とかいったが、その北条坂はどの辺だ」
「ここがそうなんですよ」
「そんならそうと早くいえッ。殺されたのは小娘だといったはずだ。捜してみろッ」
 麻布もこの辺になると町家もまばらだが、人通りも少ない寂しい通りばかりです。ましてや、明け暮れ降りつづく入梅なのでした。行き来の者はまったくとだえて、見えるものはどろ道と坂ばかり……。
「おかしいな。かりそめにも人がひとり殺されたというからには、物見だかりがしているはずだ。もういっぺん坂を上から下へ捜し直してみろッ」
 三人でいま一度その北条坂を調べてみたが、人影もない。むくろもない。
「右門め、先回りをしてさらっていったな!」
 癇筋《かんすじ》をたてながらひょいと敬四郎が足もとをみると、坂の曲がりかどの、青葉が暗くおい茂った下に、小さなこも包みがあるのです。はねのけてみると、――三人同時にぎょっとなりました。こもの下には捜しまわったその小娘の死骸《しがい》が、見るも凄惨《せいさん》な形相をして、あおむけになりながら横たわっていたからです。
「これはこれは……」
 そのとき、足音を聞きつけたものか、おい茂った道ばたの青葉の陰から、自身番の小役人たちがあたふたと駆けだして、ろうばいしながらしきりと取りなしました。
「あいすみませぬ。ついそのうっかりいたしまして……ご出役ご苦労さまにござります」
「何がご苦労さまじゃッ。怠慢にもほどがあるわッ。これだけの人殺しがあるのに、ご検視の済むまで見張りをせずにおるということがあるかッ」
「つい、その……なんでござります。あんまり寂しいので、つい、その……」
「言いわけなど聞きとうないわいッ。死骸にはだれもまだ手をつけまいな!」
「いいえ」
「いいえとはどっちじゃ! だれか来たかッ。右門めでもがもう参ったかッ」
「いいえ、あなたさまがお初め、だれも指一本触れた者はござりませぬ」
「それならばそうと、はっきり申せい。手数のかかるやつらじゃ。殺《あや》められたのはいつごろか!」
「それがわかりませぬゆえ、ご出役願ったのでござります」
「ことばを返すなッ。これなる死骸の見つかったのはいつごろじゃ!」
「朝の五ツ下がりころでござります。北条坂に小娘が殺されておるとの注進でござりましたゆえ、すぐにここへ出張って、お番所へ人を飛ばせたのでござります。なにしろ、このとおり寂しいところではござりまするし、それにこの雨でござりまするし――」
「うるさいッ。きかぬことまでかれこれ申すなッ」
 あば敬のけんまく権柄、当たるべから
前へ 次へ
全11ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング