んぞいつでもなでられるんだ。勇ましくぱっぱっと起きなせえよ!」
「うるさい。黙ってろ。その七造を待っているんじゃねえか。七年まえの恨みがあるとかいったはずだ。だんごでも食いなよ」
「え……?」
「えじゃないよ、何かといえばすぐにがんがんやりだして、のぼせが出るじゃねえか。下男だか若党だか知らねえが、その七造が判じ絵文《えぶみ》の書き手、おくにの誘い手、ふたりでいち早く巡礼に化けてからどこかへ高飛びしようと来てみたのが、道行き相手のおくにめがまだ姿を見せねえので、あの笠を目じるしに掛けておきながら、浅草へでも捜しがてら迎えに行ったんだよ。闇男屋敷とやらにも必ず何かひっかかりがあるにちげえねえ。いいや、気になるのはその浅草だ。あば敬の親方、へまをやって、女も野郎もいっしょに取り逃がしたかもしれねえから、むだ鳴りするひまがあったら、ひとっ走り川を渡って様子を見にでもいってきなよ」
「ちぇッ。うれしいことになりやがったね。事がそうと決まりゃ、たちまちこの男、ごきげんが直るんだから、われながら自慢してやりてえんだ。べらぼうめ。舟の中で恨みを晴らしてやらあ。ねえさん! だんごを五、六本もらっていくぜ」
つかみとってくしごと横にくわえると、気も早いが舟も早い。道がまた言問から浅草までへは目と鼻の近さなのです。
ギー、ギー、ギーと急いでいった早櫓《はやろ》が、まもなく、ギー、ギー、ギーと急いでこいでもどってきたかと思うと、
「いけねえ! いけねえ!」
声から先に飛び込みました。
「おそかった! おそかった! だんな、やられましたよ!」
「なにッ。ふたりとも逃がしたか!」
「いいえね、女が、女が、おくにめがね」
「おくにがどうしたんだよ」
「仁王門《におうもん》の前でばっさり――」
「切り口は!」
「袈裟《けさ》だ!」
「敬大将は!」
「まごまごしているばかりで、からきし物の役にゃたたねえんですよ」
伝六、出がけにつかんでいったくしだんごをまだ食べているのです。
「袈裟がけならば、切り手は二本差しだな」
「へ……?」
「黙って食ってりゃいいんだよ。道の奥にゃ突き当たりの壁があるといっておいたが、案の定これだ。追いかけた肝心のおくにが、死人に口なしにかたづけられておったとあっちゃ、敬だんな、さぞやしょげきっていたろうな」
「ええ、もう、歯を食いしばっちゃ、ぽろり、ぽろりとね」
「あの男が!」
「そうですよ。泣いているんですよ」
「きのどくにな。運がわりいんだ。おめえでさえも判じのつく言問だんごを、今まで食わなかったのが運の分かれめなんだ。あの判じ絵のなぞが解けりゃ、こっちへ来たのにな。食いものだってバカにするもんじゃねえよ」
「そうですとも! ええ、そうですよ!」
「つまらねえところへ感心するない! 七造はどうした。それらしい姿もねえか」
「いりゃあ取り逃がす伝六じゃねえんだが、やつがそれじゃねえかと思やみんなそれに見え、そうじゃあるめえと思やみんなそうじゃねえように見えるんでね。まごまごしているうちに、舟がひとりでにここへ帰ってきちまったんですよ。へえ、舟がね」
いっているとき、ちらりと店先へのぞいた顔がある――。二十六、七、旅じたくの中間づくりで、のぞいてはしきりと首をかしげていたが、不思議そうにいう声がきこえました。
「おかしいな。いくら女は身じたくがなげえからって、もう来そうなもんだがな」
「あれだ! 七造だ! とって押えろッ」
とたんに命じた名人の声に、さっと伝六が飛び出したのを、早くも知って七造がまっしぐら。あとを伝六が追いかけて韋駄天《いだてん》走り。見ながめるや、名人がまたさらに早かった。
「手数をかけやがる野郎だなッ! ほら、行くぞッ」
十手取る手も早く窓から半身を泳がせて、とっさに投げた手裏剣代わりの銀棒が、ひらひらと舞いながら飛んでいったかと見るまに、がらりと足を取られて七造がのめりました。
「笑わしゃがらあ。神妙にしろい!」
押えつけて伝六が得々と引っ立ててきたのを、庭に降りて待ちうけていた名人が、やにわにずばりと浴びせかけました。
「七造、おくには浅草で殺《や》られたぞッ」
「えッ。――そ、そ、そりゃほんとうですかい!」
「一刀に袈裟《けさ》切りだ。切り手は、おまえの判じ文にこっちがあぶなくなったとあったその相手に相違ねえが、そいつはだれだ。おまえたちがこわがったその相手は、どこのだれだ」
「ちくしょうめ、とうとうばっさりやりやがったんですかい。おくにはあっしのだいじな妹でござんす。無慈悲なまねしやがったとありゃ、こっちもしゃくだ。一つ獄門に首をさらすように、何もかもしゃべっちまいましょうよ。孫太郎虫の小娘おなつを絞め殺したのはこのあっし、てつだわせたのは妹おくに、殺せと頼んだのは、だれでもねえ闇男屋敷の
前へ
次へ
全11ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング