当たったのです。
声とともに、たびはだしのままで、しわのきざんだ顔に怒りとろうばいの色を散らしながら、あと追いかけて飛び出してきたのは、だれでもない宗左衛門でした。つづいて母親、同様にろうばいしているとみえて、たびはだしのままお長屋門の外へ追いかけてきたその目の前へ、莞爾《かんじ》と笑《え》みながら名人が現われると、声もかけずに立ちふさがりました。
「うぬは!」
「右門でござる」
「計ったか! 老いても市崎宗左衛門じゃ。手出しができるなら出してみろッ」
老骨、必死となって抜きかかろうとしたのを、草香流があるのです。手間のかかるはずがない。
「お相手が違いましょう。あばれると痛うござりまするよ。おとなしく! おとなしく!」
あっさりねじあげて伝六に渡しておくと、懐剣ぬいて、横からおそいかかろうとした老女の小手へぴしり――。
「友次郎どのの魂魄《こんぱく》が迷いますわ。しろうとが刃物いじりなぞするものではありませぬ。あなたもおとなしく! おとなしく!」
軽くねじあげてふたりをなわにしたところへ、歯ぎしりかみながら悄然《しょうぜん》と現われた顔がうしろに見えました。あば敬とその一党です。
「おう。おいででござりまするな」
見ながめると、ほろりとさせるように心よい右門流でした。
「あとをつけてお越しのようだが、ちっとそれが気には入りませぬが、相見互い見、てがらを争おうといっしょに出かけたあんたが、手ぶらでも帰られますまい。お分かちいたしましょう。宗左どのたちふたりをなわつきのままさしあげます。身分のある者たちでござりますゆえ、これを引いていったら一段とまたおてがらにもなりましょうからな。てまえはこっちでたくさん――」
その手になわじりを渡しておくと、静かにふりかえりながら、やさしくいった。
「七造、おとなしゅう行けよ。ふびんとは思うが、小娘ひとりあやめたとあっては、おさばきを待たねばならぬ。右門には目がある。お慈悲のありますよう、取り計らってやるぞ。わかったら行け」
「行きますとも! だんなさまになわじり取っていただけますなら、どこへでも参ります……」
絹のような雨の中を、うちそろって引っ立てていったあとから、伝六が口ごもっていいました。
「だんなへ……」
「なんだよ」
「いい気性だな。あっしゃ、あっしゃ……泣けてならねえ、泣けてならねえ……」
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