て、許しがたきやつじゃ。比丘尼店家主|弥五六《やごろく》の訴えたところによると、そのほう当年八歳になるせがれ仁吉《にきち》と相はかり、仁吉めが先回りいたしては人目をかすめて玄関先へ忍び入り、はさみをもって鼻緒を切り断ちたるあとよりそのほうが参って、巧みに鼻緒を売りつけ、よからぬかせぎいたしおる由なるが、しかとそれに相違ないか」
「へえ、そのとおりでごぜえます。なんしろ、この長雨じゃ、いくら雨に縁のある歯入れ屋でも上がったりで、お客さまもまた気を腐らしてしみったれになったか、いっこうご用がねえもんだから、親子三人干ぼしになって死ぬよりゃ牢《ろう》へはいったほうがましと、せがれに緒を切らして回らしたんでござんす」
「なんだと! 雨が降ってお客がしみったれになるが聞いてあきれらあ。雨は雨、お客はお客。槍《やり》が降ろうと、小判が降ろうと、人殺しのあるときゃあるんだ。だんな! だんな! ご出馬だッ。穏やかじゃねえことになりやがったんですぜ」
 他人のこともいっしょにして口やかましくわめきながら、声から先に飛び込んできたのは、断わるまでもないおしゃべり屋のあの伝六です。
「おつに気どって雨なんぞ見ていたとても、りこうにゃならねえんだ。今、麻布の自身番から急訴があったんだがね。あそこの北条坂《ほうじょうざか》で、孫太郎虫の売り子の娘っ子が、首を絞められて殺されているというんですよ。早耳一番やりのおきてがあるからにゃ、この事件は早く聞きつけたあっしとだんなのものなんだからね。急いでおしたくしなせえよ」
 口やかましく注進しているのを、早くも隣の吟味席で聞きつけながら、ぴかりと陰険そうに目を光らしたのはあばたの敬四郎でした。同時に立ち上がると、お白州中の歯入れ屋などはもう置き去りにしておいて、にこりと意地わるそうにほくそえみながら、こそこそ奥へ消えていったかとみえたが、あば敬はなすことすることことごとくがあばた流です。直接、奉行《ぶぎょう》に出馬のお許しを願ったとみえて、ゆうぜんと構えている名人右門をしり目にかけながら、手下の小者を引き具して、これ見よがしにもう駆けだしました。
「そら、ご覧なせえまし。だからいわねえこっちゃねえんだ。まごまごしているから、こういうことになるんですよ! あば敬の意地のわるいこたア天下一品なんだ。あいつが飛び出したとなりゃ、ことごとにじゃまをするに決ま
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