手甲、脚絆《きゃはん》、それから尾籠《びろう》このうえない女のはだ着……。
「こいつあおどろいたね。この入梅どきだ、よくきのこがはえなかったもんですよ」
「黙ってろ」
「へ……?」
「敬四郎どのと立ち会いのたいせつな吟味だ。おまえなんぞの出る幕ではないよ」
 でしゃばり伝六、横からでしゃばりかけたのを一言のもとにたしなめながら、さらに名人は丹念に見調べました。はねのけてははねのけて調べていくと、ぱらり、下へ散ったものがある。水天宮さまのが一枚、蛸薬師《たこやくし》のが一枚、浅草観音のが一枚、お祖師さまのが一枚。どれももったいなや、お守り札なのです。――これもまた考えようによってははなはだ重要なネタの一つでした。諸々ほうぼうの護符があるところを見ると、よほどの信心家であるようにも推断されるのです。しかし、その尊いお札がこのようなむさくるしいよごれものの中へ、むぞうさに投げ込んであるところから察すると、必ずしもそうではない、ややもすれば人のひとりふたり、殺しかねまじい女とも考えられるのでした。
 名人の目はいよいよ光を増すと同時に、最後の遺留品たる商売道具の小箱に手がかかりました。
 あけてみると、孫太郎虫の黒焼きが三十五、六ほどあるのです。それっきりで、ほかには何もない。――いや、ないと思われたのに、さかさにしながら振ってみると、ぽろッ、落ちたひと品が目を射ぬきました。
 くるくると丸めた小さなかんぜんよりです。丸めてあるところから判断すれば、あけてみて、そのままこの小箱の中へ投げ込んでおいたことが明らかでした。
「そろそろにおうてきましたな」
 開いてみると、不思議なものが書いてあるのです。
「こっちがあぶなくなった。すぐに出かけろ。下の絵のところで待っている」
 まさしく男の走り書きで、下の絵のところというその絵なるものは、なんともいぶかしいことに、だんごを三つくしへ[#「くしへ」は底本では「ぐしへ」]重ね刺しに刺した怪しげな絵模様でした。
 くしだんご! くしだんご!
 三つ刺したくしだんご!
 いうまでもなく判じ絵です。しかも、宿の亭主は、ひとりも出入りした男はないと言明しているのに、奇怪なその紙片に見える手跡文句は、たしかに男なのです。――きらり、名人の目が鋭く光ったかと思うと、おもむろに向き直って、虚心|坦懐《たんかい》、なんのわだかまりもなく敬四郎にいっ
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