名唱和の声が伝わりました。
「ちきしょう、あの手この手を出しやがらあ。くやしいね。とんだ引導を授けていやがるんですよ。はええがいいんだ、飛び込みましょうよ!」
「黙ってろ」
 目顔でしかりつつ、息を殺して木立ちの陰にたたずみながらうかがっていると、ぴたり祈祷の声が終わると同時に、ふたたびまたしいんと怪しく静かに静まり返って、ややしばし気にかかる沈黙がつづいたかと思われるや、とつぜん、シュウシュウと帯でも締め直したらしい気勢が聞こえるといっしょに、すうと障子があいて、あたりをはばかるようおしろい焼けの素顔もかえって艶《えん》な二十六、七の、すばらしいあだめかしい年増《としま》女です。つづいてあとから現われたのは、それこそ問題の興照寺住職にちがいない。目のさめるようなみずみずしい美男僧でした。――見ながめて、すいと身を現わしながら、歩み近づこうとしたとき、だが、意外なことばをふたりがかわし合いました。
「では、おだいじに。母上にもよろしゅう」
「申しましょう。おまえもたいせつにな」
 耳にするや同時です。にたりと苦笑を漏らして名人が、そのままものをもいわず、さっさと足を早めながら山門の表に引っ返していったので、たちまち早雷を鳴らしだしたのは伝六でした。
「な、な、何がどうしたというんですかよ。せっかくねらいをつけただいじなかもを、あの場になってのがすたアどうしたというんです! え! ちょっと? ご返答しだいによっちゃ覚悟があるんだからね。何がいったいどうしたというんですかよ!」
「ウフフフ。とんだ大われえさ」
 こらえきれないもののごとくうそうそ笑うと、吐き出すようにいいました。
「いったっておまえは承知しめえ。じかに当たってみるほうが早わかりするだろうから、女を洗ってきてみなよ」
「くやしいね! そんなにそでにするなら、ようがすよ。あとであやまりなさんな!」
 ぶりぶりしながら、裏手のあの小舟目ざして姿を消したかと思われたが、ほどなく帰ってくると、いばっていったその伝六が、いかにもきまり悪げに頭をかいているのです。――見迎えながら名人が大きく笑って、ずばりと浴びせました。
「どうだい、あにい。りこうになったろう。きょうだいでござりますといわなかったかい」
「ね……!」
「ねだけじゃわからないよ。いったか、いわなかったか、どっちなんだよ」
「いったんですよ。姉と弟じゃね
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