ころ日記のあれは、いつから始まっておったっけな」
「ひやかしゃいけませんよ。三月十二日があれの出始め、いと怪しのほうもその日が初日じゃござんせんか」
「なるほどな。十一日に三十六本染め上がってきて、あくる日から幕があいたか。ちっとにおってきやがった。では、おやじ、その三十六本はもう一筋も残っていねえんだな」
「へえ、さようでござります。毎日毎日のお花見騒ぎで、手代はじめ職人どももみんな浮かれ歩いておりますんで、ここ当分あと口の染め上げは差し控えておりますんでござります」
「いかさまのう――」
いいつつ、じろりと移したその目に、はしなくも映ったのは、おやじのひざわきに積み上げてある型紙の山です。染めあげた日取りの順序に積み上げてでもあるとみえて、いちばん上に置かれてある一枚に不審な点が見えました。
第一は紋、梅ばち散らしの紋が型ぬきになっているのです。いうまでもなく、梅ばちは加賀家のご定紋でした。
第二はその長さ。まさしく型紙の長さは、手ぬぐい地の寸法なのです。――同時に、きらりと鋭くまなこが光ったと見えるや、名人のさえまさった声が飛んでいきました。
「おやじ! 妙なことがあるな」
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