う》」
「一ツ、三月十五日。だいぶ春めきて、四方《よも》の景色いとよろし。
 だんなが、食いていとのことなれば木ノ芽田楽コセエタリ。だんなが十九本。おらが三本、あとにてないしょに十六本、それはさておき、またまたチクショウメ、シゴキ盗人出やがったり。番町、旗本、大沢|八郎右衛門《はちろうえもん》方、奥勤メ腰元、地蔵まゆにて目千両とのことなり。お使いにて出先よりけえりの途中、牛込ご門わき、濠《ほり》ばたにてギュッとうしろよりくせ者だきしめ、腰のあたりをポテポテとなでたとみるまに、スルスルと、ハヤ盗まれたり、若き女の腰ばかりをねらうとは、憎さも憎し。くやしくて銭湯へ行くのも忘れたり」
「一ツ、三月十六日。
 春が来て、ヒトリ寝ルノハイヤナレド、花が咲くゆえがまんできけり」
「おっといけねえ、いけねえ。うっかりと声も出して読めねえや。こりゃおらがゆうべないしょによんだ歌なんだからな。こんなものをだんなに聞かれたひにゃ、手もなく笑われらあ。――はてな。まだあったと思ったが、もうねえのかな」
「ウフフ……」
「え! 起きていたんですかい! しゃくにさわるね。寝てたと思っていたら目があいていたんです
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