よ! 女の子のこととなると、やけにつむじを曲げて、目のかたきにしているから、こういうことになるんだ。これには三ところしきゃけえてねえが、きょうのふた口を入れると、しめて八人、きゅうっと抱きしめられて、つるりとなでられて、するするとしごきを抜きとられているんですよ」
「そんなことをきいているんじゃねえんだよ。ふところ日記だか、へそ日記だか知らねえが、おまえさんのそのとらの巻きにはな――」
「いいえ、だんな! うるせえ! しゃべりなさんな! きょうはおらのほうが鼻がたけえんだ。事のしだいによっちゃ後世までも残るかもしれねえおらがのこの日記を、へそ日記とは何がなんですかよ! 毎日毎日、丹念に女の子の顔造作までも書き止めておいたからこそ、いざというときになって物の役にたつじゃござんせんか。口幅ったいことはいってもらいますまいよ」
「ウフフ。それが勘どころをはずれているというんだ。大きに丹念に書いたのはいいが、丹念なところは女の子の顔ばかりで、ホシの野郎はどんなやつか、肝心かなめの下手人の人相書きは、毛筋ほども書き止めていらっしゃらねえじゃねえかよ、だいじなことが抜けているというな、そのことなんだよ」
「はてね。――お待ちなせえよ。もういっぺん読み直してみるからね。――ちぇッ、なるほど、ねえや、ねえや。どこにもねえですよ! 自慢じゃねえが、りっぱに書き落としてありますよ」
「バカだな。てめえのしくじりをてめえで感心するやつがあるかい。ホシゃいってえどんなやつなんだ」
「それが穏やかじゃねえんですよ。つじ番所の下っぱ連に聞いたんだから、しかとのことアわからねえが、出る町、出るところ、出る場所ごとに人相も風体も変わってね、おまけにわけえ野郎だったり、中じじいだったり、ところによっちゃ女のばばあが出たりするってえいうんですよ」
「やられた女は、たしかにわけえ女ばかりなのかい」
「そ、そ、そうなんだ。そうなんだ。だから気がもめるんですよ。おかめやお多福やとうのたった女なら相手にするこっちゃねえんだが、八人ともに水の出花で、みなそれぞれ相当に値が踏めるんでね、よけい気がもめるんだ。よけいね、よけい気がもめてならねえんですよ」
「わかった、わかった。そんなになんべんもいわなくたってわかったよ。女の子のこととなると、むやみと力を入れりゃがって、あいそがつきらあ。じゃなにかい、ほかには何もとられた品はねえんだね」
「ねえから、なおのこと気がもめるんだ。きんちゃくだってかんざしだっても、とる気になりゃいくらでもとれるくせに、そういう品にゃいっこう目もくれねえで、おかしなところをつるりとやりゃがっちゃしごきばかりをねらうんでね、こいつかんべんならねえと、あっしもいっしょうけんめいに文句を考えて、このとおりとらの巻きにいと怪しとけえたんですよ。自慢じゃねえが、えへへ、なかなかこういうおつな文句は書けねえもんでね。ええ、そうですよ。学問がなきゃなかなか書けるもんじゃねえんですよ」
「能書きいわなくともわかっているよ。そのしごきは、どんなしごきだ」
「それが穏やかじゃねえんです。だんながお出ましにならなきゃ、おらが片手間仕事にちょっくらてがらにしようと、じつあきょう昼のうちに八人みんな回って、小当たりに当たってみたんですが、八本ともとられたしごきてえいうのが、そろいもそろって、目のさめるような江戸紫のね――」
「なにッ」
がぜん、きらりとばかり目を光らすと、むっくり起き上がっていったものです。
「どうやら、聞きずてならねえ色だ。もしや、その江戸紫にゃ、どれにも鹿《か》の子《こ》絞りを染め抜いてありゃしねえか」
「あるんですよ! あるんですよ! そのうえできが少し――」
「風がわりで、ふっさりと幅広の袋ひもになってるだろう!」
「そうなんです! そうなんです! しごきといや、天智《てんち》天皇の昔から、ひと重のもので、ギュッと伊達《だて》にしごいて用いるからこそ、そういう名まえがついているくれえのものなのに、ふた重で袋仕立てになっているたアあんまり聞かねえからね、こいつ、何かいわくがあるだろうと、じつあ首をひねっていたんですが、かなわねえね。だんなはまたどうしていながらにそうずばずばと何もかもわかるんですかい」
「そんなことぐれえにらみがつかねえでどうするかい。目のさめるような江戸紫ときいたんで、ぴんときたんだ。まさしくそりゃ、いま江戸で大評判のお蘭《らん》しごきだよ」
「はあてね。なんですかい! なんですかい! 聞いたようでもあり、聞いたようでもねえが、今のそのお蘭しごきというななんですかい。くさやの干物に新口ができたとかいう評判ですが、そのことですかい」
「しようのねえ風流人だな。だから、おめえなんぞ歌をよんでも、花が咲くゆえがまんできけりになっちまうんだ。
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