右門捕物帖
お蘭しごきの秘密
佐々木味津三
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)不忍《しのばず》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)両国|河岸《がし》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#「ござんす!」」は底本では「ござんす!「」]
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――その第二十八番てがらです。
「一ツ、三月十二日。チクショウメ、ふざけたまねをしやがる。女ノ女郎めが、不忍《しのばず》弁天サマ裏ニテ、お参リノ途中、腰ニ結ンデおったる、シゴキを盗み取られたとなり。くやしいが、ベッピンなり。昼間のことなれば、やいの、やいのと、呼ンダレド、呼ンダレド、だれも助けに来ねえとなり。いと怪し」
「一ツ、三月十三日。雨降ッテ、だんなのキゲンワロシ。
シゴキどろぼう、また出りゃがった。両国|河岸《がし》にて、見せ物小屋の絵看板を、見とれておったれば、スルスルと腰から盗みとられたとなり。このほう、三割方、キリョウおちたるうえに、男が好きそうな下町っ子なり。雨なれば、呼ベド叫ベド人は来ズ、悲しやくせ者逃がしたり。と女の子が申し候《そうろう》」
「一ツ、三月十五日。だいぶ春めきて、四方《よも》の景色いとよろし。
だんなが、食いていとのことなれば木ノ芽田楽コセエタリ。だんなが十九本。おらが三本、あとにてないしょに十六本、それはさておき、またまたチクショウメ、シゴキ盗人出やがったり。番町、旗本、大沢|八郎右衛門《はちろうえもん》方、奥勤メ腰元、地蔵まゆにて目千両とのことなり。お使いにて出先よりけえりの途中、牛込ご門わき、濠《ほり》ばたにてギュッとうしろよりくせ者だきしめ、腰のあたりをポテポテとなでたとみるまに、スルスルと、ハヤ盗まれたり、若き女の腰ばかりをねらうとは、憎さも憎し。くやしくて銭湯へ行くのも忘れたり」
「一ツ、三月十六日。
春が来て、ヒトリ寝ルノハイヤナレド、花が咲くゆえがまんできけり」
「おっといけねえ、いけねえ。うっかりと声も出して読めねえや。こりゃおらがゆうべないしょによんだ歌なんだからな。こんなものをだんなに聞かれたひにゃ、手もなく笑われらあ。――はてな。まだあったと思ったが、もうねえのかな」
「ウフフ……」
「え! 起きていたんですかい! しゃくにさわるね。寝てたと思っていたら目があいていたんですかい!」
声をたてて読んでいたのはもちろん伝六。しかも、読んでいたのは笑わせることに、『ふところ日記八丁堀伝六』と表紙にものものしい断わり書きの見えるとらの巻きなのですから、すさまじいのです。
「ウフフ。今のは歌かい」
「いらんお世話ですよ」
春|行燈《あんどん》の向こうからこちらへ背を向けて、うつらうつらとまどろんでいたと思ったればこそ、つい心を許して口ざみしさのあまりに読むともなく読みあげていたのを、意外にもすっかり名人に聞かれてしまったので、恥ずかしさと腹だたしさに伝六は中っ腹でした。
「人の悪いにもほどがあらあ。ないしょごとってえものがあるんだ。人間にはだれだって他人に聞かせてならねえないしょごとってえものがあるんだからね。起きていたなら起きていたと、背中に張り紙でもしておきゃいいんですよ」
「おこるな、おこるな。感心しているんじゃねえかよ。おまえが敷島の道に心得があるたア、見かけによらず風流人だよ。花が咲くゆえがまんできけり、と特にけりで結んだあたりが、またいちだんとね、えもいわれぬ味があるよ」
「へへへ、ちくしょうめ、恥ずかしいね。ほめてくだすったんですかい。いえ、なに、それほどでもねえのだが、あっしだって木石じゃねえんだからね。人にしてみやび心のなかりせば、犬ねこ馬と同じなりけり、という歌もあるんで、ちょっとそのゆうべ、一首ものしてみたんですよ。へへへ、うれしいね」
「あきれたもんだよ」
「へ……?」
「ほんとうにほめられたと思ってらあ。みやび心だかなんだか知らねえが、おまえのとらの巻きゃ肝心かなめのことを書き落としておるな」
「な、な、何がなんです! 上げたり下げたり、しゃくにさわるね! 肝心かなめのことを書き落としているたア何がなんですかよ!」
「いま読みあげたしごきどろぼうのことよ。そりゃほんとうにあったことかい」
「ちぇッ、だから腹がたつというんですよ! こないだから口がすっぱくなるほどいったじゃござんせんか! これこれかくかくで、わけえ女の腰ひもばかりを抜きとる色きちげえみてえなやつが、あっちへ出たりこっちへ出たりしていやがるから、陽気が陽気だ、ねらうところも腰ばっかりで穏やかじゃねえ、ほかならぬわけえ女ばかりが災難に会ってるんだから、ちょっくらお出ましになって、娘っ子たちを安心させておやりなせえよと、顔を見るたびにいったじゃござんせんか
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