そのうえに左封でした。――左封はいうまでもなく果たし状か脅迫状か、いずれにしても不吉を物語っている書状です。
「いけねえ! いけねえ! だんなッ、は、早く来てくださいよ! 変なものが舞い込みやがったんだ。気味のわりいものが飛び込んできたんですよ! は、は、早く来ておくんなせえよ!」
 けたたましく呼びたてて、名人のうしろからこわごわ背伸びしながらのぞいてみると、まさにそれは脅迫状でした。
「出すぎ者めがッ、いらぬ告げ口しやがって、ただはおかぬぞ。じゃまだてするなら、こちらにも覚悟があるから、さよう心得ろ」
 達筆にそう書いた脅迫状なのです。投げ込んでいった者はまぎれもなく町人風のことばつきだったのに、不審なことにも脅迫状のその差し出し人は、たしかに二本差しと思われる文面なのでした。
「ウフフ。おっかねえぜ」
「いやですよ! 気味のわりい。だんなまでがいっしょになっておどすとは、なんのことですかよ。名あてはねえが、おらがによこしたもんでしょうかね」
「あたりまえさ。伝だんなとやらがこのうちにふたりおるなら知らぬこと、そうでなけあおまえさんだよ。さよう心得ろとあるから、さよう心得ていねえとあぶねえぜ」
「冗、冗、冗談じゃねえんですよ。くやしいね。なんとかしておくんなさいよ」
「おいらは知らねえよ。伝だんなじゃねえんだからな。ウフフ」
「くやしいね! なんてまた薄情なこというんでしょうね。こういうときにこそ、主従の縁《えにし》じゃねえんですかよ! ちくしょうめッ。こんなことになるくれえなら、歌なんぞよまなきゃよかったんだ。いらぬ告げ口しやがってとあるな、おらが今だんなに話したお蘭しごきの一件にちげえねえが、どうしてまたおしゃべりしたことをかぎつけやがったんでしょうね」
「ご苦労さまに、毎日毎夜どこかそこらで見張っていたんだろうさ。今夜もおそらく、あとをつけてくるだろうよ。どうやら、本筋になりやがった。性根をすえてついてきな」
「だ、だ、だいじょうぶですかい」
「忘れるねえ! 久しくお使いあそばされねえので、草香流が湯気をたててるんだッ。よたよたしねえで、ちゃんと歩いてきなよ」
 こともなげに言い捨てながら、ぶきみなその脅迫状を懐中にすると、何をにらんでのことか、名人右門は駕籠《かご》にも乗らずに、その場からさっさと京橋を目ざしました。

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「お、お、お
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