て、たもとの中へしまっちまいなよ!」
「なんだと! べらぼうめ。張り子のとらじゃねえや。首の抜き差しができてたまるけえ。産んだ親がわりいんだ。不足があったら、親にいいなよ」
 右からわめき、左からののしる声の間を、急がず遅れず溜《た》め塗りご定紋入りのお駕籠《かご》をうたせて、格式どおりのお供人を従えながら、しずしずとさしかかってきたのは、だれでもない松平の御前でした。わが捕物《とりもの》名人むっつりの右門とは、切っても切れぬゆかりの深い知恵宰相|伊豆守《いずのかみ》です。
 おりからからりと明けて、雪も間遠にちらりほらり……。
 さすがは天下の執権、ご威勢もさることながら、おのずからに備わるご貫禄《かんろく》もまたあっぱれでした。早くも宰相伊豆守のご行列と知ってか、わめき騒いでいた群衆はいっせいに鳴りを静めて、しいんと水を打ったようです。その中をお駕籠は粛々と行列をつづけて、駕籠止め下馬の山門に乗りつけたのがかっきり六ツ下がりでした。ここから先は、天下のご執権老中職といえども乗り物ご禁制です。
 ぴたりとお駕籠が止まる。
 長柄のかさを介添える。
 おぞうりをそろえる。
 たれが上が
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