ござんせんか。べらぼうめ、おれがおるんだ。生きのいい江戸っ子のこの伝様がいるんですよ。え? ちょいと。それでもひねっちゃわりいんですかい。え! だんな!――気に入らねえね、何がおかしくてニヤニヤするんですかよ」
「あいかわらず、この伝様とやらがご利発でいらっしゃるからだよ。考えてもみろい、直訴じゃねえか。直訴は天下の法度《はっと》だ。お取り上げくださるかくださらねえかは、先さましだい、風しだい、腹しだいだよ。さればこそ、お取り上げなさらぬときに訴状をろくでもねえやつに拾われて、上お役人、われわれお番所勤めの者たち一統をあしざまにけえたことが世間に知れちゃ、あとの響きも大きかろうと、それを遠慮して特にこんななぞをかけた文句だけでぼかしたんだ。その心づかいがいっそゆかしいじゃねえかよ。死にぎわもまた源五兵衛、りっぱなものだよ。おめえなんぞは知るめえが、束巻き師源五兵衛といや、源五巻きという名で通るくれえの、刀の束の綾巻《あやま》きじゃ江戸にひびいた男だ。さすがは刀いじりの職人よ。町人ながら腹かっさばいたうえで直訴するたア、性根が見上げたもんじゃねえかよ。おいら、心がけのゆかしさに、ちっとば
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