。やっぱり江戸っ子は何べんお正月を迎えても物見だけえんですよ。橋の上いっぱいに人だかりがして、わいわいやっているからね。なんだと思ってのぞいてみるてえと、駕籠《かご》があるんだ、からっ駕籠がね」
「つがもねえ。ご繁盛第一の日本橋なんだもの、から駕籠の一つや二つ忘れてあったって、べつに珍しくもおかしくもねえじゃねえかよ」
「ところが、そうでねえんだ。その置き方ってえものがただの置き方じゃねえんですよ。つじ駕籠はつじ駕籠なんだが、いま人が乗ったばかりと思うようなから駕籠がね、橋のまんなかにこうぬうと置いてあるんですよ。むろん、人足はいねえんだ。どこへうしゃがったか、ひとりも駕籠かきどもはいねえうえにね、わいわいいっているやじうまどもの話を聞いてみるてえと、どうやらただごとじゃねえらしいんですよ。同じような気味のわるいから駕籠が、須田町《すだちょう》のまんなかにもぽつんと置いてあるというんだ。それからまた湯島の下のがけっぱなにもね、その先の水戸《みと》さまのお屋敷めえにもぽつねんと置き忘れてあるというんでね。さてこそあなだ、こいつただごとじゃあるめえと、さっそく通し駕籠をきばってひと走りにいってみたら、やっぱり話のとおり、須田町の町のまんなかにぽつりと置いてあるんですよ。湯島の下にもね。それから水戸さまのお屋敷前の濠《ほり》ばたにも、気味わるくぽつりと置いてあるんだ。そのうえなお先にもぽつりぽつりと同じようなのが置いてあるというんでね、さっそく捜しさがし行ってみるてえと、なるほどあるんですよ。牛込ご門の前のところにやはり一丁、それからぐるっと濠を回って、四ツ谷ご門のめえにも同じく一丁、あれからしばらくとだえているんで、もうそれっきりどこにもあるめえと思ったら、土橋ご門の前の向こうかどにやっぱり一丁置いてあるんですよ。それから先はもうどっちへ行っても、捜してみても人にきいても見つからねえのでね、やれやれと思ってさっそくお知らせに飛んできたんですが、いずれにしても、こいつただごとじゃねえですぜ。駕籠はからっぽであっても、人足がついておったら、ぽつりぽつりとどこにいくつ置いてあってもいっこうに不思議はねえが、乗り手もかつぎ手もまるで人っけのねえ気味のわるいから駕籠ばかりがひょくりひょくりと、それもよく考えてみりゃお城のまわりなんだ。日本橋から土橋までぐるりと大きく回って、なぞなぞみてえに置いてあるんだからね。こいつあどうしたって穏やかじゃねえですよ」
「いかさまな。何かいわくのありそうな捨て駕籠のようだが、それにしても触れ込みよりゃちっと駕籠の数が少なかったな」
「へ……?」
「へじゃないよ。さっきのお話じゃ、江戸八百八町、のべたらにあるようなことをおっしゃったはずだが、たった七丁だね」
「ちぇッ。もうそれだ。だんなときちゃ、まるであっしを目のかたきにしているんだからね。なにもそういちいちと、つまらねえところで揚げ足を取らなくたってもいいでやしょう。物には景気というものがあるんだ。はじめっから日本橋に須田町に湯島の下に水戸屋敷前と、それから牛込、四ツ谷、土橋御門の七所に七つのから駕籠がござえますといったんじゃ、話がはでにならねえからね。景気よく驚かしてやろうと思って、ついその江戸八百八町のべたらといったまでなんですよ。七丁きりじゃだんなは不足なんですかい。え! だんな! ご返事しだいによっちゃ、あっしにも了見があるんだ。ね! だんな! だんなはただの七丁じゃ気に入らねえというんですかい!」
「ウフフ。しようがねえな、つまらねえところで、けんかを売るなよ、けんかをな。気に入るにも入らねえにも、七丁なら七丁でいっこうさしつかえはねえが、七丁のそのから駕籠ってえのは、いったい、どっちを向いているんだよ」
「フェ……?」
「とんきょうな返事をするなよ。日本橋から始まってるか、土橋から始まっているか知らねえが、七つのそのから駕籠はちぐはぐに向いているか、それとも一つ方角に向いているか、それを聞いているんだ。いってえどっちを向いているんだよ」
「ちぇッ、何をとち狂ったことおっしゃるんですかい! ばかばかしいにもほどがあらあ。だから、あっしゃときどき、だんなながらあいそのつきることがあるんですよ。駕籠に目鼻や似顔絵がけえてあるんじゃあるめえし、どっちを向くもこっちを向くもねえんだ。前へ向いていると思や前へ向いているし、うしろへ向いていると思やうしろへ向いているんですよ」
「ウフフ。ことしでおまえさんいくつにおなりだか知らねえが、いつまでたってもあんまりおりこうにゃならないね。目鼻こそついちゃいねえが、駕籠にはちゃんと前うしろというものがきまってるんだ。乗ったお客のよっかかりぶとんがついているほうがすなわちうしろ、息綱のぶらさがっているほうがすなわち前と
前へ
次へ
全14ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング