せたらどうするんだ。役にもたたねえ十手なんぞ引っ込めてろッ」
制しながら、名人はあごをなでなでおちつきはらって、小娘のあとからずかずかと押し入りました。
4
――その出会いがしら、がなりたてた伝六の声を聞きつけたとみえて、奥の祈祷所の中からいぶかり顔にのっそり出てきたものは、薄ぎたない白衣に同じくあかじみた白ばかまをはいたひとりの行者です。だが、その行者が、ぎろりと怪しく目が光ってひとくせありげなつらだましいでもしているだろうと思いのほかに、よぼよぼとした六十がらみの見るからに病身らしい老爺《ろうや》なのです。しかも、目がよくきかないとみえて、ためつすかしつしながら、しげしげと不意の闖入者《ちんにゅうしゃ》を見ながめていましたが、ひと目に八丁堀衆とわかる巻き羽織した名人のそでの陰に、小娘がおどおどしながらたたずんでいるのに気がつくと、やにわに顔色を変えながら、よたよたとあわてふためいて逃げ出しました。――せつな!
「大笑いだよ。足が二十本あったって、逃げられる相手と相手が違うんだ。神妙にしろ」
ふところ手をしながら、いたって静かなものです。微笑しいしい、とっさにずいと名人がその行く手をふさぐと、伝法にずばりと手きびしい尋問の矢が飛びました。
「逃げるからにゃ、何かうしろぐれえことをしているんだろう。すっぱりいいな」
「へえい。なんともどうも――」
「なんともどうもが、どうしたというんだ。ただ震えているだけじゃわからねえよ」
「ごもっともさまでござります。まことになんともごもっともさまでござりまするが、いかほどおしかりなさいましても、てまえにだってどうもしようがござりませなんだゆえ、てだてに困り、つい盗み出せともったいらしく知恵をつけただけのことなのでござります。それが悪いとおっしゃいますなら、相談うけたてまえも災難でござりますゆえ、どのようなおしおきでもいただきまするでござります」
「ほう。これは少し妙なことになったようだな。やぶからぼうにおかしなことをいうが、てだてに困ってもったいらしく知恵をつけたとは、何がなんだよ」
行者のいぶかしいことばに、名人の疑惑はにわかに高まりました。
「相談うけたてまえも災難だとは、いったいどんな相談うけたんだ」
「どんなといって――、では、なんでござりまするか、何もかもこの小娘からお聞きなすってお調べにお越しな
前へ
次へ
全28ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング