かかっただけ、お手拍子|喝采《かっさい》も大きいというもんだ。夏やせで少し身細りするにはしたが、目にさびゃ吹いちゃいねえよ。――しとしとまた小降りになったな。秋ゃ、秋、身にしむ恋のつまびきに、そぼふる雨もなんとやら、いっそ音締めもにくらしい、というやつだ。おいらが涙をふいてやらあ、雨の音を聞きながらひと寝入りするんだから、おめえもあの押し入れからまくらを持ってきな」
 ごろり横になると、見せてやりたいくらいなあの男まえを、なんの屈託もなさそうに、もうすやすやと軽やかないびきでした。――チチチチと鳴くのはこおろぎか松虫か、恋呼ぶわびしい虫の声である。
 やがて日が暮れました。そうして夜が訪れました。暮れるに早く、ふけるにおそい秋の夜も、五ツ四ツとふけ渡って、ほどたたぬまに打ち出されたのは九ツです。と同時に、名人はさっそうとして立ち上がると、黒羽二重の着流しに目深ずきん。さっとさわやかな命令が下りました。
「忍びの駕籠《かご》だ。急いで二丁用意しろッ」
 待ってましたとばかり、伝六の早いこと、早いこと。――だが、まもなく矢玉のように飛んで帰ると、けたたましくいいました。
「いけねえ! いけ
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