いがござりませなんだゆえ、じつはいぶかしく思うていたところなのでござります」
知らないために来ないのか、それとも知っていて来ないのか、知らないために来ないのならば問題でないが、知っていて来ないとすれば、これは考えるべき余地じゅうぶんでした。いずれの藩の者であろうと、おのれの家中の者が横死を遂げていると聞いたら、何をおいてもまず手続きを踏んで引き取りに来るべきが定法であるのに、知りつつわざと引き取りに来ないとすれば、そこに大きな秘密が介在するに相違なかったからです。――なぞを解くかぎも、またそこからというように、名人は烱々《けいけい》とまなこを光らしてうずくまると、おもむろにその身体検査を始めました。と同時に、鋭く目を射たものは、疑問の藩士の両手の指と手のひらに見える竹刀《しない》だこでした。
「ほほう、なかなかに武道熱心のかたとみゆるな。相当のつかい手がたわいなくやられたところを見ると――」
「え……? たわいなく眼《がん》がつきましたかい」
「黙ってろ」
しゃきり出てお株を始めようとした伝六をしかりしかり、名人はぶきみなのも顧みず死骸《しがい》に手を触れて、丹念にその傷口を見しら
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