急々如律令《きゅうきゅうにょりつれい》というのろいことばのかしら文字さ。のろいの人形に急と書いて一体、同じく急と書いてもう一体、最初の晩には二カ所に打ちつけて、二日めに如と書いたのが一体、三日めに律と書いて一体、四日めに最後の令の字人形の一体を打って祈り止めにするのが、昔から丑の時参りのしきたりなんだ。けさひげすり閻魔と妙見堂でお目にかかったあの二体は、ゆうべが初夜ののろいぞめのその二つだよ。としたら、今夜は如の字の祈りをするだろうとにらんで、さっきお山の青道心に教えられたこの三ツ又稲荷のあなへ伏せ網を張ったのになんの不思議もねえじゃねえか、おあいにくなことに待ちぼけくったのは、あな違いだっただけのことさ。おおかた、今夜は本銀《もとかね》町の白旗金神か、本所四ツ目の生き埋め行者のほうへでも、同じ仲間が人を替え手を替えてのろい参りにいったろうよ。おめえがもう少し気のきいた手下だったら、ふた手に分かれて張れるものをな。むっつり右門のからめ手攻めも、手が足りなきゃ、ひと晩ふた晩むだぼねおったとてしかたがなかろうじゃねえかよ。どうだね、気に入らないかね」
「ちぇッ、なにも今になって事新しくあっしを気がきかねえの役不足だのと、たなおろししなくたっていいですよ。おいらが光っていたひにゃ、だんなの後光がにぶくなるんだ。さしみにもつまってえいう、しゃれたものがあるんだからね。おいらのような江戸まえのすっきりしたさしみつまはおひざもとっ子の喜ぶやつさ。――えへへへ、ちくしょうめ、急にうれしくなりやがったな。そうと眼《がん》がついているなら、なにも好き好んでふくれるところはねえんだ。じゃなんですかい、その丑《うし》の時参りを押えとって、だんなのいつものからめ手|詮議《せんぎ》で糸をたぐっていったら、どこのどいつが、のろい参りのさむれえたちを、けさみてえにねらい討ちしているか、その下手人もぱんぱんと眼がつくだろうというんですかい」
「決まってらあ。いわし網を張るんじゃあるめえし、あば敬流儀に人足を狩り出すばかりが能じゃねえよ。あした早く、生き埋め行者と白旗金神と両方をこっそり調べにいってきな」
 いうにゃ及ぶとばかり急ぐほどに、しとしと霧のような秋時雨《あきしぐれ》です。

     4

 雨は朝になっていつのまにか本降りと変わり、まことに天地|蕭条《しょうじょう》、はらりはらりと風のまにまに落ち散る柳葉が、いっそもう悲しくわびしく、ぬれて通る犬までがはかなく鳴いて、おのずから心気もめいるばかりでした。
 しかし、伝六はその雨もものともせずに、早朝、命ぜられた二カ所へ様子探りにいってきたとみえて、勢いよく帰ってくると、庭先からどなりました。
「眼《がん》だ、眼だ。白旗金神のほうはおるすでしたがね、やっぱりゆうべ本所四ツ目の生き埋め行者へ出たんですよ」
「やられていたか」
「いた段じゃねえ、ほこらの前にね、はかまをはいて大小さしたわけえ侍が、同じようにのど笛をえぐられてのけぞっていたんですよ」
「わら人形も見つけてきたか」
「そいつをのがしてなるもんですかい。一の子分が親分から伝授をうけたお手の内は、ざっとこんなものなんだ。ね、ほら、これですよ、これですよ、ほこらのうしろの大かえでに打ち込んであったんですがね。なにもかも眼のとおり、だんなのおっしゃった如の字がちゃんと書いてあるんですよ」
「ほほうな、巳年《みどし》の男、二十一歳という文字もちゃんと書いてあるな。どうやらこの様子だと」
「え……?」
「どうやらこの様子だと大捕物になりそうだといってるんだよ。どこの藩士がどういう男をのろっているか知らねえが、手を替え人を替えて幾晩ものろいつづけているところを見ると、丑《うし》の時参りの一味徒党もおろそかな人数じゃあるめえし、そいつらののど笛をねらっているやつも並みたいていのくせ者じゃねえよ。あば敬の様子はどんなだったか探っちゃこねえかい」
「それですよ、それですよ。そいつがどうも事重大なんだ。ゆうべ山下でも出会ったとおり、ああしてつじ番所の小役人まで狩り出して、江戸じゅう残らずへ大網を張ったはいいが、獲物はこそどろが三匹と、つつもたせの流れがひと組みと、ろくなやつあかからねえんでね。やつも少しあわを吹いたところへ、けさのこの生き埋め行者の一件が耳にはいったんだ。だからね、あばたこそあっても、さすがは敬四郎ですよ。のど切り騒動が申し合わせてほこらやお堂にばかりあるところから、やつめ、とうとう眼《がん》をつけたとみえて、今夜から手口を変えて総江戸残らずのお堂とほこらへ伏せ網を張るというんですよ」
「そいつあさいわいだ。なにもおいらは意地わるく立ちまわって、てがらをひとり占めにしてえわけじゃねえんだからな。人手を使っておてつだいくださるたア、願ったりかなった
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