の梅ばち型のどろ跡をよくみろよ。それからのど笛の傷跡だ。ぐさりとざくろの実が割れたようにえぐられているなあ紛れもなくワン公が食い切った証拠だよ。胸のどろ跡は、首をねらって飛びついたときについたんだ。雨上がりでおおしあわせよ。道がどろでぬかるんでいたからこそ眼がついたというものさ。秋雨さまさまだよ。それにしても、この犬はただものじゃねえぜ。これだけの腕も相当らしいお侍をうんともすうともいわさずに、かみ倒すんだからな。どうだい、伝あにい、そろそろとむっつりの右門も板についてきかかったが、ちがうかね」
「ちぇッ、たまらねえね。とうとう三日めで眼がつきましたかい。さあ、ことだ。さあ、話がちっとややこしくなってきやがったぞ。犬が下手人とはおどろいたね。なにしろ、四つ足のすばしっこいやつだからな。いってえどうして締めあげるんですかい。草香流もワン公を相手なら、うまくものをいわねえかもしれませんぜ」
「騒ぐな、騒ぐな。ここまで眼がつきゃ、むっつり右門の玉手箱には、いくらでも知恵薬がしまってあるんだ。そろそろとうちへけえって、あごでもなでてみようぜ。――つじ役人のかたがた、いまに敬だんなも山の手から、ご注進を受けてここへお越しだろうからな。下手人は犬に決まったとことづてしてくんな。伏せ網もそのつもりでお張りなせえとな。じゃ、伝あにい、引き揚げようぜ」

     5

 だが、帰ってみると、少しく様子がおかしいのです。山の手の見まわりについているはずの敬四郎がいつのまにか八丁堀へ引き揚げてきたとみえて、何を騒いでいるのか、そのお組屋敷のあたりは、小者たちがざわざわと去来しながら、不思議な人だかりでした。
「はあてね。なんだろうね。まさかに、やっこ先生、さじを投げたんじゃあるまいね」
 何かにつけて忙しい伝六が、いぶかりながら意外なことを伝えました。
「ちくしょうッ、やられた、やられた。なんてまあ運がわりいんだろうね。ひと足先にてがらをされたんですよ」
「なにッ。じゃ、もう下手人をあげてきたか!」
「きたどころの段じゃねえんですよ。おなわにした浪人者をひとりしょっぴいてね、おまけに今の先白旗金神で見てきた丑の時参りとそっくりなお武家の死骸をひとり、戸板に乗せて運び込んできているんですよ」
 不審に思いながら、ずかずかと近づいて、そこの庭先をのぞいてみると、いかさまひとりの浪人者がうし
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