ぐちの下にのけぞっているあのいなか侍ですぜ。え! だんな。かなわねえな。生得あっしゃこういうものがはだに合わねえんだ。黙ってりゃ、もうけえりますぜ。ね、だんな、けえりますよ。え? ちょいと。返事しなきゃけえりますぜ」
声はない。返事もない。また、ないのがあたりまえです。事ここにいたれば、秘密のとびらはすでにもう開かれたも同然だからです。名人は静かに近よりながら、その形をくずさないようにそおっとわら人形を抜きとると、裏を返して見調べました。と同時に目を射たものは、急――大きく急と書いた不思議な文字です。それから、のろいの相手の年がある。巳年《みどし》の男、二十一歳と、墨色あざやかにわら人形の背に書いてあるのです。
「やりきれねえな。そんな気味のわるいものをふところへしまって、どうするんですかよ。ね、ちょいと、なんとかひとことぐらいおっしゃいよ」
しかし、名人はものすごいくらいおしでした。たいせつな物のようにわら人形を懐中すると、その早いこと早いこと。すたすたとお堂の前に帰っていった出会いがしらに、ぱったり顔を合わせたのは、練塀《ねりべい》小路の妙見堂から汗をふきふき駆けつけたあば敬とその一党です。
「忙しいことでござりまするな。お先へ失礼――」
軽く一礼すると、待たしておいた駕籠《かご》にひらりうち乗りながら、涼しく命じました。
「ゆっくりでいいからな。練塀小路の妙見堂だぜ」
「ちぇッ。これだからな。駕籠屋やあば敬に口をきくくれえなら、かわいい子分なんだ、あっしにだっても口をきいたらいいじゃござんせんか。なんて意地曲がりだろうね」
鳴るのに合わせてゆらりゆらりと駕籠をうたせながら、やがて乗りつけたところは、命じたその三本榎の妙見堂境内でした。
しかし、あるべきはずの死骸はもうないのです。
「ちくしょうめッ。あば敬ですよ。あば敬がどっかへ隠したにちげえねえんですよ。けさ見たときゃ、ちゃんとこのわにぐちの下に長々とのけぞっていたのにね。やつめ、あっしどもがこっちへ回ってくるのを気がつきやがって、意地わるくもうかたづけさせたにちげえねえんですよ」
むろん、それに相違ないと思われましたが、名人はゆうゆう淡々、顔色一つ変えずに、さっさとやっていったところは、お堂わきに雲つくばかりそびえ立っている三本榎のそばでした。ぎろり、目を光らしてその幹を調べると、ある、ある、ま
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