。同時に、そのけはいを知って、おろおろしながら飛び出してきたのは、さっきのあの小さい男です。
「とんでもねえことになったんです。八丁堀へお伺いしたるすにやられたとみえて、けえってみると、むごいめに会っていたんです。たったひとりの妹なんだ、早いところお調べくだせえまし、いいえ、早いところ下手人をおつきとめくださいまし」
 すがりつかんばかりにしていったのを、名人は黙々としながらずいと奥へ通ると、まずなによりもというように、その現場へ押し入りました。とともに、さすがの名人もおもわず目をおおいました。凄惨《せいさん》というか、惨虐というか、畳一、二畳ほどは一面の血の海で、その血に染まっている相手がうら若い美貌《びぼう》のあだものだけに、むごたらしさもまた一倍だったからです。
 傷は、背中をぐさりとやられた突き傷が一カ所、凶器は匕首、手慣れの三味《しゃみ》にひと語りかたっているところをでも不意にうしろから襲われたらしく、二三春は撥《ばち》もろともに太棹《ふとざお》をしっかりとかかえたまま、前のめりにのめっているのでした。
「ね、どう見たってもよう替わりなんだ。殺されるって法はねえんです。このべっぴんが幽霊水の下手人っていうだんなの眼《がん》に不足をいうんじゃねえが、その下手人が殺されているっていうのは、いってえどうしたわけなんです。だれが見たって、こりゃ、いい心持ちで三味をひきひきうなっているところを、ぐさりとうしろからやられたものにちげえねえんだからね。現の証拠にゃ、うしろにその匕首がころがっているから、なにより確かなんだ」
「…………」
「ね、だんな、どうですかね。殺されるって法はねえんですよ。ええ、そうですとも! おまけに、くやしいほどのべっぴんなんだからね。どう考えたって、この世の中にべっぴんがただ殺されるって法はねえんですよ、どうですね。またあっしがかれこれしゃべっちゃうるせえですかね」
 しかし、名人はおしのように黙り込んだままでした。黙々としてこごみながら、じいっと双の目を光らして二三春の髪の道具を見調べました。くし、こうがい、共に栗木屋の座敷で見つけたあのかんざし同様、だきみょうがの紋が彫りきざんであるのです。しかし、かんざしはない。同じ紋どころの他の品が、くし、こうがい共にそろっているのに、かんざしばかりないところを見ると、先ほどびょうぶの裏すそから見つけ
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