意外、あまつさえ美しくも可憐《かれん》な多根女の心意気に、したたか名人も胸を打たれたらしく、知らぬまの涙が知らぬまに秀麗たぐいなきその両ほおを伝わりました。泣きぬれながら、しかし名人は静かに多根女にきき尋ねました。
「では、そなた、お嬢さまとお兄人との恋が、憎うて妨げようとしたのではござりませぬな」
「それはもう、わたくしとてもおなごのはしくれ――、なんで恋が憎うてなりましょう。いっそ、わたくしにもそのような恋がと――、いえ、いえ、恥ずかしゅうござります。いえ、そうではござりませぬ。ただもうお嬢さまがいとしいばっかりに、身分のふつり合いは不幸不縁のもとと、涙を忍んで兄との恋を忘れていただこうと思うただけのことでござります……」
 いよいよいでていよいよ美し! 名人はそのいじらしさ、可憐《かれん》さにしとどほおをぬらしながら、ことばを改めていいました。
「ご後室さま、お聞きのとおりでござりまするが、いかがお計らいあそばされます」
「計らいもくふうもおじゃりませぬ。わたくしまでも多根のかわゆらしい心根におもわずもらい泣きいたしました。ほんとうに、古島の婿どのが、しんそこ春菜がかわゆければ、
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