美人と申すしろものが、外面如菩薩《げめんにょぼさつ》、内心如夜叉《ないしんにょやしゃ》というあのまがいものさ。まず上等なところでお多根|菩薩《ぼさつ》のやきもちというところかね。そろそろ春菜姫のおめでたが近づいたんで、やはり女は水ものよ、日ごろは忠義たいせつと仕えた主人であっても、目の前でうらやましがらせを聞かされちゃ、お菩薩さまとて番茶の出花だからな、ついふらふらと、やきもちねたみじるこに身をこんがりこがして、何か小細工をやったか、でなくばたいそうもなく善人の兄貴とふたりしての欲得仕事に預かり雛を売り飛ばし、代わりにまがい雛をまにあわせたというようなところが、まず話の落ちさ。とにらむのが順序だが、おまえさん気に入らないのかい?」
「知りませんよ。あたしゃお多根っ子の兄貴でも亭主でもねえんだからね、だんながそれに相違ねえとおっしゃるんなら、まだ先ゃなげえんだ。姫君も見つけ出さなきゃならねえし、ひょっとするてえと、きょうだいふたりゃ風をくらってずらかったかもしれねえんだから、急いで追っかけましょうよ」
「せくな! ここまで眼《がん》がつきゃ、もうひと息だ。ご後室さま、敬之丞とか申した兄の浪宅はどこでござります」
「いえ、ようわかりました。信用しすぎましたのが災いのもとやも知れませぬゆえ、どこここと申さずに、てまえがご案内つかまつりましょう」
 先へたって夜桜ふぶきの道をくぐりながら、導いていったところは、いかさま遠くない大木戸内の近くです。
「あれでおじゃります」
 いわれた一軒は路地奥のもちろんわび住まい――。しかるに、聞こえるのだ。その表まで歩みよると、こは不思議! お多根の身回り道具を持ち出していった以上は、十中八、九兄妹ふたりして出奔したか逐電したか、いずれにしても今ごろまで浪宅にいる気づかいはあるまいと思われたのに、家の中から、よよと泣き合う忍び音が漏れ聞こえるのです。しかも、声は三人! 女と、男と、そして女と、まさしく三人なのです。
「おや! ――。ちょっと変だな」
「ね!」
「おまえにも聞こえるかい?」
「ちぇッ、聞こえるからこそ、不思議に思って首をかしげているじゃござんせんか」
「とするてえと、またこれは眼《がん》ちげえかな」
 とにかくとばかりはいっていくと、さらに不思議! 泣いていたのは、お多根に兄の敬之丞に、そのうえ、あの春菜なのです。
「ま! 
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