しのごとくおし黙りながら、長い間まなこをとじて考えつづけていましたが、そろり、そろりとあの手があのあごのあたりへ散歩を始めたかと思われたせつな! なぞを解くべき銀のかぎが見つかったとみえて、美しく静かな微笑がのぼると、いともたのもしいことばが漏れました。
「なに、それほども心配したことはござりますまいよ。しばらくこのにせものの雛をご拝借願いましょうかな。では、またのちほど――」
 こわきにするや、すうと表へ。――表がまた憎らしいくらいな桃びよりです。見るもの、きくもの、うらうらとうららかににおやかな春でした……。

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 だから、伝六がことごとくもうぽうッとなって、待っていましたといわぬばかりに、たちまち千鳴り太鼓を鳴らしはじめたのはあたりまえです。
「たまらねえな。まったくどうもたまらねえな。内藤小町に思い雛とかけてなんと解く、とはどんなもんですかい。それにつけても、おべっぴんさまさまだ。ときどきはこういうのに出会わねえと、ぜんそくが起きるからね。ちくしょうめ、桜の花びらまでがのぼせやがって、ひらひらと浮かれていやがらあ。べっぴんって名をきくてえと、これがまたじっさい妙なものでね――」
「…………」
「ちぇッ。なにも急にそんなに気どらなくたってもいいじゃござんせんか。やけにうれしくなったんだから、いっしょにほがらかになっておくんなさいよ。今も申したとおり、これがまたじっさい妙なものでね。同じ女の子の話でも、べっぴんでねえと気が乗らねえんだ。ぜんそくにべっぴん、のぼせ引き下げにはとうがらしといってね、ときどき持薬にしねえと、胸のつかえがおりねえんですよ。だから、ねえ、だんな!」
「…………」
「やりきれねえな。なんだってまた、きょうはやけにそうむっつりとしているんです? 七つのときから十二年このかた、男雛をかわいがってきたべっぴんなんて、思っただけでもべっぴんべっぴんしているじゃござんせんか。それにまたいっしょにいなくなったお腰元が、しとやかで、すなおで、かわいらしくて、あっしのように主人思いだというんだから、――だんなは小町、あたしは腰元、はええところパンパンとふたりの居どころを突きとめて、けえりに四人して夜桜見物とでもしゃれたら、豪儀に似合いの女夫雛《めおとびな》と思うんですがね。どうですね、いけませんかね」
「…………」
「おや?」
「…………」

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