と》にある者のすべてが、下は上へ、上はそのまた上へと、一年一度の義理を果たしに出かけるのはさらに当然なことなので、すなわち伝六は右門のところへ、右門はお奉行《ぶぎょう》のところへ、――もちろん行くだろうと思ったのに行かないのです。縁ならぬ縁でしたが、目をかけた配下の善光寺|辰《たつ》が死んでみれば、まだ四十九日もたたないうちに、めでたいどころの騒ぎでない。
「服喪中につき、年賀欠礼|仕候《つかまつりそうろう》」
薄い墨で書いた一札を玄関前にぺたりと張りつけておいて、名人は郡内のこたつぶとんにぬくぬくとくるまりながら、もぞりもぞりとなでては探り、探ってはあごをなでて、朝からお組屋敷にとじこもったままでした。
はたから見ると、気になるくらいたいくつそうに見えるのに、当人はいっこうそれでたいくつしていないのですから、頭の中はいったい、どんなゼンマイ仕掛けになっているのか、少し気味がわるいくらいですが、しかし、名人はけっこうそれでいいにしても、納まらないのは伝六です。
「くやしいな……」
ゆくりなくもまた辰のことを思い出したとみえて、ほろりと鼻をつまらせると、初鳴りに鳴りはじめました。
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