動いているのです。何を捜そうというのか、だれを待っているのか、玉をころがしながら、ちょいちょいと奥をのぞき、ころがしながらまたちょいちょいと集まったり帰ったりするお客を鋭くながめて、かくすることさらに四半刻――。
 と――、そのとき、唐棧《とうざん》の上下に藤倉《ふじくら》ぞうりをつっかけた、一見遊び人ふうと思えるふたりが、弥造《やぞう》をこしらえながら、さっさと玉ころがし屋の奥へ消えると、ほどなくあわてふためきつつ、また姿を見せて、うろたえ顔にささやいた声が、はしなくも名人の耳にはいりました。
「いけねえぜ! いけねえぜ! あねごばかりか、兄貴もしょっぴかれたようじゃねえか。このぶんなら、あっちのほうの玉にも手が回るぜ」
「回りゃ――」
「そうよ。おれたちの笠《かさ》の台だって満足じゃいねえんだ。急ごうぜ」
 早口にささやきながら、駆け去るように出ていったのを、ぴかりと目を光らして見送ると、さえた声が間をおかずに伝六のところへ飛びました。
「ホシだッ、野郎どものあとをつけろッ」
「え……?」
「じれってえな、今やつらが、あっちのほうの玉にも手が回るぜといったじゃねえか。その玉とは、こっちがほしいおばあさんだよ」
「…………?」
「ちぇッ、まだわからねえのかい。おまえの口ぐせじゃねえが、ほんとうにちぇッといいたくなるよ。今の二匹は、同じいかさま師の一家にちげえねえんだ、やつらの仲間がうしろに隠れて、何か細工をしているに相違ねえよ、舌をかみ切った野郎が白状しねえのもそれなんだ。やつら遊び人が親分や兄弟に災難のふりかかることなら、なにごとによらずいっさい口を割らねえしきたりゃア、おめえだっても知っているはずじゃねえか。まごまごしていると、見えなくなっちまうぜ」
 わかりすぎるほどわかりすぎたとみえて、珍しくおしゃべり屋がものをいわなかった。そのかわりに、いっさん走り。尾行となるとこやつの一芸で、伝六がまた名人です。
 遠いだろうとつけていったところが、目と鼻の本願寺裏でした。しかも、ひと目に丁半師のうちと思われる一軒へ消えていくと、ふたりの注進によって、ほどたたぬまに荷物としながら表へかつぎ出してきたのは、怪しくも大きなつづらです。まわりに六、七人の長わきざしがぐるりと取り巻き、それらのうしろにいるやつが、何のそれがしという親分にちがいないつらだましい精悍《せいかん》な一人が、羽織の長いひもを、いかにも遊び人ふうに首へかけながら、鮫鞘《さめざや》の大わきざしをぶっさして、つづらをさしずしながら、いず地かへ運び去ろうとしていたものでしたから、名人が雪ずきんにふところ手したまま、ずいとその行く手をふさぐと、あの胸のすく名|啖呵《たんか》でした。
「この江戸にゃ、おれがいるんだぜ」
「なんだと!」
「下っぱのひょうろく玉たちが、豆鉄砲みたいな啖呵をきるなよ。観音さまがお笑いあそばさあ」
「気に入らねえやつが降ってわきやがった! どうやらくせえぞッ。めんどうだッ。たたんじまえッ」
 ばらばらと左右から飛びかかろうとしたのを、
「下郎! 控えろッ」
 ずばりと大喝《だいかつ》一声! いいつつぱらりと雪ずきんをかなぐりすてると、うって変わって、すうと溜飲《りゅういん》のさがる伝法な啖呵でした。
「同じ江戸に住んでいるじゃねえかよ。いんちきさいころをいじくるほどのやくざなら、このお顔は鬼門なんだ。よく見て覚えておきなよ」
「そうか! うぬがなんとかの右門かッ。生かしておきゃ仲間にじゃまっけだ。骨にしてやんな!」
 いまさら、と思われたのに、親分がののしりながら、鮫鞘《さめざや》を抜き払って、笑止にも切ってかかろうとしたので、ダッと草香流。ぐいとねじあげておいて、心持ちよさそうに片ひざの下へ敷いておくと、莞爾《かんじ》としながらいどみかかろうとした子分たちへ朗らかに浴びせかけました。
「どうだね、むっつり右門の草香流というなあ、ざっとこんなぐあいなんだ。ほしけりゃ参ろうかい。ほほう。さび刀をまだひねくりまわすつもりだな、草香流が御意に召さなきゃ錣正流《しころせいりゅう》の居合い切りが飛んでいくぞッ。――のう、ひざの下の親分、だんだんと人だかりがしてくるじゃねえか。恥をかきたくなけりゃ、子分どもをしかったらどうだい。それとも、三、四人|三途《さんず》の川を渡らせるかッ」
「お、恐れ入りました。本願寺裏のだんだら団兵衛《だんべえ》といわれるおれが、世間に笑われちゃならねえ。すなおにすりゃお慈悲もあるというもんだ。野郎ども、だんなのおっしゃるとおり、手を引きな」
 だんだら団兵衛とは名のるにもおこがましいような名まえだが、とにかくひざの下のやつも一人まえの親分とみえて、しかりつけたところを、得意の伝六がかたっぱしから数珠《じゅず》つなぎ――。
「手間を
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