、しきりにお白州と控え席を行き来していましたが、まもなく血相変えてもどってくると、どもりどもり告げました。
「いけねえ! いけねえ! 下手人のいかさま野郎、いま舌をかみ切ろうとしたんでね、大騒ぎしているんですよ」
「なに! そうか! じゃ、ちっとも白状しねえのか」
「いいえね、あの三人の子どもを殺したのはいかにもおれだと、それだけは白状したというんですがね、それがまた、むごいまねをしたもんじゃねえですか。おちついているところをみるてえと、もちろんだんなはもう眼《がん》がついていらっしゃるでしょうが、あの玉ころがしの玉と、さいころをくれてやって日ごろから子どもたちを手なずけてからね、ゆうべすごろくで遊んでいるところへ、ぬっと押しかけ、グウともスウともいわさずに細ひもでくびり殺しておいてから、てめえの罪を隠すためにあくどい細工をしやあがって、さらに胸倉を出刃包丁で突き刺したうえに、あの気違いをいいことさいわいにしながら、役者に使ったっていうんですよ。その使い方も罪なまねしやがったもんだが、かわいそうな気違いさんがね、もちをくれろ、もちをくれろとせきついたんで、くれてやるかわりに、血のついた出刃包丁を持って、死骸《しがい》のそばに張り番しているかといったら、脳のわりい者は孔子様の口調をまねるんじゃねえが、ほんとうに憎めねえじゃござんせんか、うれしがって、ゆうべからさっきまで、なまもちをかじりかじり張り番していたっていうんですよ。けれどもね、どうしてまたそんなむごい子ども殺しをやったか、肝心かなめのそいつをちっとも白状しねえので、敬大将カンカンになりながら責めにかけているうちに、死んでもいわねえんだと、すごい顔をしながら、ぷつりと舌をかみ切ったというんですよ」
「ふん――」
聞き終わるや同時に、ゆうぜんと立ちながら、シュッシュッと博多《はかた》のいきな茶献上をしごいていましたが、まことに胸のすくひとりごとでした。
「知恵のねえ男ほど、この世に手数のかかるやつはねえよ。あば敬さんが手を染めたあな(事件)だからな、恥をかかしちゃなるめえと、今までこうしててがらにするのを遠慮していたが、いつまでたっても火責め水責めを改めねえから、おきのどくだが、またこちらにてがらをいただかなくちゃならねえんだ。では、ひとつ生きのいいその知恵を小出しに出かけますかね」
「行くはいいが、どけへ出かけるんです」
「知れたこった。行くえしれずのおばあさんを堀り出しに行くんだよ。その玉さえ拾ってくりゃ、白状しねえで舌をかみ切ったなぞの玉手箱も、ひとりでにばらりと解けらあ。さあ、駕籠《かご》だッ」
二丁並べて松の内正月二日の初荷の町を、われらも初出とばかり、ひたひたといっさん走り。しかも、目ざしたところは浅草の奥山のたった一軒しかない玉ころがし屋です。
5
降りると、なに思ったか用意の雪ずきんをすっぽりやって、堅くおしゃべり屋の鳴り太鼓を封じました。
「いいかい、ここがいかさまばくちのあの野郎がやっているうちのはずだ。ちっとこれから奇妙なことをするから、いつものように鳴っちゃだめだぜ。ごろごろと遠鳴りさせても、今度は本気でおこるよ」
念を押しておくと、ずいとはいっていって、店番をしていた者に、ふいっといいました。
「五両かかっても、十両かかってもいいんだから、ゆっくり遊ばせてもらいますぜ」
鷹揚《おうよう》にいいながら、赤、白、黄なぞたくさん並んでいた玉の中からむぞうさにその一つを手にすると、さっそくごろごろところがしはじめました。もちろんご存じのことと思いますが、この玉ころがしなる遊びは、坂になった台があって、そのところどころに無数の障害物たるくぎを打ち、坂の下に江戸、京都、大坂《おおさか》、長崎《ながさき》、名古屋なぞと地名を書いた穴を設け、上からころがした玉が、くぎの障害物に当たっては当たり、当たっては当たって、あちらへころがり、こちらへ突き当たりながら、下に設けた穴のうちの江戸へ首尾よくぽとりはいらば、江戸は日本一、したがって景品もまた一等で、おひざもとのひざのもとというのをもじった座ぶとんが五枚、大坂ならば浪華《なにわ》をもじって波の花の塩が五合、長崎ならば長く先までつづくというところからひもが一本、名古屋ならば金のしゃちにまねて、おもちゃの瀬戸焼きのしゃちが二個といったような景品のつく遊びなのです。もちろん、なかなかその穴に玉がはいらないので、一個ころがすのが一文というような零細な金高でもけっこう商売になる遊びですが、名人がまたひどくおもしろそうに、ころがしてはころがし、しきりに繰り返していたものでしたから、
「ちぇッ」
あやうく鳴らそうとしたのを、目顔でしかりながら繰り返すこと四半刻《しはんとき》。――しかし、その目は絶えず鋭く
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