一人が、羽織の長いひもを、いかにも遊び人ふうに首へかけながら、鮫鞘《さめざや》の大わきざしをぶっさして、つづらをさしずしながら、いず地かへ運び去ろうとしていたものでしたから、名人が雪ずきんにふところ手したまま、ずいとその行く手をふさぐと、あの胸のすく名|啖呵《たんか》でした。
「この江戸にゃ、おれがいるんだぜ」
「なんだと!」
「下っぱのひょうろく玉たちが、豆鉄砲みたいな啖呵をきるなよ。観音さまがお笑いあそばさあ」
「気に入らねえやつが降ってわきやがった! どうやらくせえぞッ。めんどうだッ。たたんじまえッ」
ばらばらと左右から飛びかかろうとしたのを、
「下郎! 控えろッ」
ずばりと大喝《だいかつ》一声! いいつつぱらりと雪ずきんをかなぐりすてると、うって変わって、すうと溜飲《りゅういん》のさがる伝法な啖呵でした。
「同じ江戸に住んでいるじゃねえかよ。いんちきさいころをいじくるほどのやくざなら、このお顔は鬼門なんだ。よく見て覚えておきなよ」
「そうか! うぬがなんとかの右門かッ。生かしておきゃ仲間にじゃまっけだ。骨にしてやんな!」
いまさら、と思われたのに、親分がののしりながら、鮫鞘《さめざや》を抜き払って、笑止にも切ってかかろうとしたので、ダッと草香流。ぐいとねじあげておいて、心持ちよさそうに片ひざの下へ敷いておくと、莞爾《かんじ》としながらいどみかかろうとした子分たちへ朗らかに浴びせかけました。
「どうだね、むっつり右門の草香流というなあ、ざっとこんなぐあいなんだ。ほしけりゃ参ろうかい。ほほう。さび刀をまだひねくりまわすつもりだな、草香流が御意に召さなきゃ錣正流《しころせいりゅう》の居合い切りが飛んでいくぞッ。――のう、ひざの下の親分、だんだんと人だかりがしてくるじゃねえか。恥をかきたくなけりゃ、子分どもをしかったらどうだい。それとも、三、四人|三途《さんず》の川を渡らせるかッ」
「お、恐れ入りました。本願寺裏のだんだら団兵衛《だんべえ》といわれるおれが、世間に笑われちゃならねえ。すなおにすりゃお慈悲もあるというもんだ。野郎ども、だんなのおっしゃるとおり、手を引きな」
だんだら団兵衛とは名のるにもおこがましいような名まえだが、とにかくひざの下のやつも一人まえの親分とみえて、しかりつけたところを、得意の伝六がかたっぱしから数珠《じゅず》つなぎ――。
「手間を
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