がつきましてござりますぞ!」
「なに! ついたとな! そちが参ったはいずれじゃった!」
「中仙道《なかせんどう》口の板橋でござります!」
「そうか! 申せ! 申せ! はよう申せ! どんな手がかりじゃ!」
「つい先ほど暮れ六ツ少してまえじゃったそうにござりまするが、日の暮れどきのどさくさまぎれに乗じ、眼の配り、肩、腰、どう見ても、ひとくせありげな武家と思われるやつが、中間ふうにやつし、中仙道目ざして、早足に通り抜けようといたしましたゆえ、不審をうって調べましたら、左小指がないばかりか、中間ふぜいに不似合いな千柿鍔の小わきざしを所持いたしておりましたゆえ、今もなお隠し屯所に止めおいているとのことでござりまするぞ!」
「なに! さようか! まさしくそやつじゃ! 右門! どうじゃ! 違うか!」
「いえ、それに相違ござりませぬ! 千柿鍔の小わきざしを所持いたしておるというがなによりの証拠、先ほど千柿老人が、大小二つの鍔をこしらえたと申しておりましたゆえ、たしかにそやつが権藤四郎五郎左衛門めでござりましょう! では、お駕籠三丁お貸しくださりませ!――さ! 伝六ッ」
「…………」
「いかがいたした! なぜ立たぬ! なぜ立たぬ! いかがいたした!」
「うれしすぎて、うれしすぎて、はや腰が抜けちまやがったんでごぜえます! ひとつ、どやしておくんなせえまし!」
「かたきのありかを聞いたばかりで、今から腰抜かすやつがあるかッ。相手は三品流の達人じゃ! しっかりいたせ!――そらどうじゃ! いま一つたたいてつかわそうか!」
「いえ、た、た、立ちましたッ。ちくしょうめ! 腰が立ったからにゃ、さあ、もうかんべんしねえぞッ。――辰ッ、これ辰よ! よく聞いていろよ! おめえの、お、おめえのかたきは、兄貴が、この伝、伝六がきっと討ってやるぞ! わかったか! これ辰ッ、わかったかッ。わかりゃ、いってくるぞッ。小梅さん、さ! あんたもいっしょだ! たすきをかけて! はち巻きをして! そうそう! おしたくができりゃ、この駕籠にお乗んなせえ!」
乗ったところを、三丁のお屋敷駕籠は、板橋目ざしていっさん走り――。
お目をかけた古橋専介、ならびに辰九郎の両人を討ったばかりか、天下公儀のご処断に筋違いのさか恨みをするとは、捨ておきがたい浪人者と、お怒りなさったとみえて、宰相伊豆守も、雪ずきんに面を包み白馬にうちまたがって、小姓の采女一騎をうしろに従えながら、お微行《しのび》で三丁の駕籠のあとを追いました。
駆けつけた時は九ツ下がり。
目ざした隠し屯所は、一見ただの町家のごとくに見られましたが、しかし一歩その中へはいれば設備はいたれりつくせりで、土蔵と見せかけて、その実|不審牢《ふしんろう》につくられたその土蔵の中に、厳重な警固と見張りをうけながら、問題の生駒家浪人権藤四郎五郎左衛門は、なるほど中間ふうに化けながら、不敵にもぐうぐうと高いびきかいて眠りをむさぼっているさいちゅうでした。
「ふうむ、あやつか。思いのほかの豪胆者とみゆるな」
唯一の証拠にと、携え持ってきたあの千柿鍔の一刀をこわきにしながら、名人はゆうぜんとはいっていくと、
「起きろ!」
パッとそのまくらをけって、ずばりといいました。
「長え名のお客仁! おひざもとで味なまねしやがったなッ」
「えッ――」
「驚くにゃまだはええや、讃岐《さぬき》でもちったァ名を聞いたろう! おれが、むっつりとあだ名の右門だッ。名を名のりゃ、もういうことはあるまい! ここにおれが持っているこのなげえ一刀の千柿鍔と、おぬしが所持のその小わきざしの千柿鍔と、大小二つがぴったり合うこそ、なによりの証拠とホシをさしたら、ほかに責め道具はいらなかろう! どうじゃ、江戸まえの町方衆は、むだをいわねえんだッ。ずんとこのせりふが骨身にしみたか!」
「そうか! きさまが右門とかいう小わっぱか! それならば」
ゆうゆうと帯をしめながら、長い名の四郎五郎左衛門、さすがにおちついたものです。
「千柿鍔に眼をつけたとあらば、じたばたすまい。いかにも古橋専介を討ったはこのおれじゃ。こざかしいあの隠密《おんみつ》めが、いらぬ忠義だてしたため、あったら十七万石に傷がついたゆえ、討ったのじゃ。投げなわの小さなやつも、いらぬすけだちしたゆえ、一つ刀で手にかけたが、この夜ふけに起こして、どうしようというのじゃ」
「誉《ほまれ》のあだ討ちさ! お気に召したか!」
「おもしろい! 権藤四郎五郎左衛門の三品流知らぬとはおもしろい! いかにも相手になろう! 来いッ」
パッとさがって、小わきざしに手をかけたを、名人右門は莞爾《かんじ》としながら余裕しゃくしゃく。
「せくな。せくな」
押えて先へたちながら、雪の表へいざない出すと、なおよく敵をも愛す、感激したいくらいな
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