……そうでござります」
「きょうがご命日か」
「あい。月は違いますなれど、二十六日がみまかりました日でござりますゆえ、父にるすを頼みまして、朝ほど浅草の菩提寺《ぼだいじ》へ参り、五ツ少しすぎまして帰ってまいりますると――」
「お父上とあれなる辰がふたりして切り結んでいたと申されるか」
「いえ、違います。違います。父はおはぎが大の好物でござりましたゆえ、駒形《こまがた》まで回ってみやげに買ってまいりましたところ、いかほど呼んでも、ととさまのご返事がござりませなんだゆえ、捜すうちにこの庭先で、ふたりが雪の中にこのようにあけに染まって倒れていたのでござります」
「そのときはもうこと切れてでござったか。それとも、まだ息がござりましたか」
「こと切れてでござりましたが、まだふたりとも、からだにぬくもりがござりましたゆえ、いっしょうけんめい介抱いたしましたなれど、あの深手でどうなりましょう、そのうちにも冷たくなってしまいましたゆえ、さっそくどなたかにお知らせいたしましてと存じましたなれど、あいにくきょうは、お長屋のかたがたみなご非番で、どこぞに他出なされて、どなたもおいでがござりませなんだゆえ、どういたしましょうと考えまどうているうちに、なまじ騒ぎたてて、お家のお名にでもかかわるようなことになりましてはとようやく心を定め、目だたぬようにと、そのまま手もつけず菰をかむせ、悲しいのをこらえましてお待ちいたしましておりましたところへ、お殿さまご帰館のようにござりましたゆえ、こっそりとお目通りを願い、委細をお耳に達したのでござります」
陳述なかなかあっぱれ。騒ぎたててお家の名にかかわってはと、むくろに手もつけず、そのまま長い時刻の間秘密を守っていたとは、少女、容姿ふぜいのごとく、その心がけ見上げた賢女です。宰相伊豆守また賢女であるのを折り紙つけるようにいうのでした。
「いちいちみな聞いてのとおり、わしに述べたのもそのとおりじゃ。応急の処置もまた、小娘に似合わずあっぱれであったのでな、わしもことのほかかわいく思い、采女《うねめ》に言いつけ、このとおりじゅうぶんに見張りをさせて、密々そちのところへ急使を立てたのじゃ。むくろのぐあいから判ずれば、どうやらこれなる専介と辰九郎の両名が、なにごとか争いを生じ、この庭先で刃傷《にんじょう》に及び、かくのごとく双方ともに相討ちとなって落命いたしたようじゃが、それにしても不審は、両名が何をもとに争ったかじゃ。弓を取りに参った辰九郎に争うべき筋があるとも思われず、専介とても辰九郎にいどみかかるべき節があろうとも思われぬのに、かく相討ち遂げているとは気がかりゆえ、じゅうぶん心いたして、一世一代の知恵ふるってみい!」
いわれるまでもない! おのが配下の辰九郎が、――宰相伊豆守の推挙によって配下となったその辰が、推挙をしてくれた伊豆守のご家臣と、かようないぶかしき刃傷の相討ちを遂げているとは、まさに容易ならぬ事件です。ただ一つ恨むらくは、発見したという朝の五ツから、この宵《よい》六ツすぎまで、少しく時のたちすぎているのが心がかりでしたが、こと、それと決まらばなんのちゅうちょがあろう! つづいて急務は二つの死骸《しがい》の検証です――。名人は短檠《たんけい》を片手にすると、いまだにしんしんとおやみなく降りしきる粉雪を浴びつつ、やおらふたたび庭先に降り立ちました。
その顔の青さ!
その決意の強さ!
ぶきみにぼうっとあかりさす短檠を片手にかざして、降りしきる雪の庭にたたずみ立った名人右門の姿は、さっそうというよりむしろ凄艶《せいえん》でした。いや、凄艶であるべきが当然です。何がゆえに、わが配下の辰と、恩顧ある名宰相のお禄人《ろくびと》とかように争い、かように相討ち遂げたか、その原因たる事の起こりのいかんによっては、おのが身の進退にも及ぶべき重大事だったからです。
伝六とてもまたしかり! 百鳴り 千鳴り、万鳴りのあいきょう者も、おのが弟分にかかわりある事件とあっては、鳴る太鼓も日ごろのように朗らかな音が出ないものか、それきり音止めをやって、かたずをのみながらじっと見守りました。
名人は静かに歩みよると、まず見ながめたのは、ふたりの肩口の傷です。それから、両名が握りしめている太刀《たち》――。つづいて両人の位置。互いに顔を向き合わせるようにして、うち倒れているその位置です。以上の三点を林のごとき静けさを保って短檠のあかりをさしつけながら、巨細《こさい》に見調べていましたが、そのうちに、ピカリと、真にピカリと、名人の目がさえ渡るや同時に、
「よッ!――」
力のこもったよッという叫びが漏れました。
「なんぞあったか!」
「…………」
「なんぞ、調べのついたことがあるか!」
「はっ。ござります! たしかにござります!」
前へ
次へ
全11ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング