水のふぜいというものもまたなかなかに捨てがたいもので、秋告鳥《あきつげどり》の雁《かり》鳴き渡る葦間《あしま》のあたり、この世をわが世に泰平顔な太公望のつり船が、波のまにまに漂って、一望千金、一顧万両、伝六太鼓がいっしょにいたら、どんな鳴り音をたてて悦に入るか、恨むらくは座にいないのが玉に傷です。
 しかし、うなぎは名人にとって恋人にもまさるほどの、賞美賞玩《しょうびしょうがん》おかざる大の好物。懐中はよし、御意はよし――。
「みどもはいかだにいたそうかな」
「心得ました。そちらのお小さいおかたは?」
「…………」
「早く何か注文してやんなよ」
「…………」
「小さいっていわれたんで恥ずかしいのかい。じゃ、おれが代わりに注文してやらあ。がらは細かいが、お年はあぶらの乗り盛りだからね、大ぐしがよかろうよ」
「心得ました。おふたりまえで――」
「いや、六人まえじゃ」
「え――」
「六人まえだよ」
「でも……」
「できぬというのかい」
「いいえ、おふたりさまで六人まえは、ちょっとその――」
「だいじょうぶ、だいしょうぶ。あとからひとり勇ましいのが来るから、足りないかもしれんよ」
 しかるに、
前へ 次へ
全49ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング