、といって、あんな鼓をほかに鳴らす人はこの近所になしと、いろいろ考えてみて、あんまり気味がわるいのによけい震えていたんでごぜえます」
「ふふうんのう! まて! まて! どうやらこいつあ、いろはから考え直さなくちゃならねえぞ! するてえと――?」
 あごをなでなで考えていましたが、やがてこのたびこそはほんとうにさえざえとした十八番の「伝六ッ」が、あいきょう者のとこに飛んでいきました。
「大将! 兄貴! おい、伝六ッ」
「フェ……?」
「とぼけた返事をすんな! おめえのことだから、しりぬけのへまをやっていても大澄ましに澄ましていることだろうが、たぶんまだ松平のお殿さまのほうは洗っちゃいめえな」
「たぶんとはなんですかい! いいかげん人をバカにしてもらいますまいよ」
「じゃ、もう洗ってきたか」
「いいえ、はばかりさま! 別段と洗うこともなし、けっこうまた洗う必要もねえんだから、洗いませんよ!」
「しようのねえ善人だなッ。だから、かわいさ余って仲たげえもしたくなるじゃねえかッ。不審は井上の金八が証拠に見せたあの祝儀袋だ。たしかに、ゆうべ野郎も御徒歩供《おかちとも》になってお屋敷に詰めていたかど
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