潮が満ちかけたようですね。たまらねえな。ここが千両なんだッ。どうですかね。大漁ですかね。まだ駕籠《かご》にゃ早いですかね」
催促したところへ、
「伝六ッ」
果然、さえたことばが飛んできたものでしたから、
「さあ、忙しいぞ! 何丁ですかね! 一丁ですかね! 三丁ですかね!」
すっかり心得て、しりはしょりになったのを、しかし名人はクスリと笑いながらとつぜんいいました。
「なげえつきあいだったが、おめえとはもうこれっきり仲たがいしたくなったよ」
「何がなんです! やにわと変ないやがらせをおっしゃって、あっしがどうしたっていうんですかよ!」
「すわりな、すわりな。ふくれなくとも黙ってすわって聞いてりゃわかるんだ、おめえがあれこれとろくでもない献立をならべて迷わしたんで、狂わなくともいい眼がちょっと狂ったんだよ。ところで、仙市さんだがね」
じっくりとことばを向けると、ずばりと予想外なホシをさしました。
「おまえさん目あきだね」
「…………」
「だいじょうぶ、だいしょうぶ。目があいていたとて、疑いが濃くなるわけじゃねえんだから、震えていずとこっちをお向きなせえな。あんたの疑いはすっかり晴れ
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