わいい子分をいびらなくたっていいでがしょう! あっしだっても生身ですよ。生身なら月代《さかやき》も日がたてば伸びるだろうし、あぶらあかもたまるじゃござんせんか! きのうやきょうの伝六様じゃあるめえし、人聞きのわりいことを、ずけずけといってもらいますまいよ!」
「とちるな、とちるな。愚痴はあとでいいから、肝心のあなというのはどうしたのかい」
「さればこそ、このとおり愚痴から先へいってるじゃござんせんか。なにごとによらず芸は細かくねえといけねえんだ。だから、あっしだって、髪床へも行くときがあろうし、朝湯にだっても出かけるときがあるんだからね、いこうとすると、途中でばったり出会ったんですよ。だんなへ用かときいたら、女が殺されたんだといったんでね、女だったら――」
「いずれべっぴんだろうと思って飛び出したのかい」
「いちいちとひやかしますなよ。なににしても、女が殺されたと聞いちゃ、ほかのことはともかく聞き捨てならんからね、だんなに来たお呼び出し状なら、この伝六様のところにも来たのと同然なんだから、下検分してやろうと、さっそく行ってみるてえと、生意気じゃござんせんか。あんな年増《としま》のお多福が、女でございもねえんですよ。でもね、死んでみりゃ仏じゃあるし、仏となってみりゃ器量ぶ器量もねえんだから、どいつがいったいあんなむごい殺しようをしやがったかと、腹をたてたて、八丁堀へけえってみると、だんなもだんなじゃござんせんか。いくらあっしが水を向けたご本尊であったにしても、黙って逐電するって法はねえんだ。けれども、ほかと違ってだんなときちゃ、食いもののこととなると、親のかたきはほっておいても飛び出すおかたなんだからね、いずれ水金あたりで、五、六人まえ勇ましく召し上がってから、この辺へだろうと当たりをつけて、一軒一軒、のみ並みに小屋を捜してきたんですよ。だから、急がなくちゃならねえんだ。にやにやしていらっしゃらずと、はええところみこしをあげておくんなせえよ」
「…………」
「ちぇッ。何がおかしいんですかい! 話ゃちゃんと筋道が通ってるじゃござんせんか! 年増のぶ器量な女で、ちっと気に食わねえが、変な殺され方をしているんで、はええところお出ましなせえましといってるんですよ――辰もまた、小せえくせに何がおかしいんだッ。人並みににやにやすんない! とっととみこしをあげたらいいじゃねえか!」
「あげるよ! あげるよ! 催促せんでもみこしをあげるが、でもなんだからな、兄貴の話ゃ――」
「何がなんでえ! 話がわかったら、気どらなくたっていいじゃねえか! やきもきしているんだから、活発に立ちなよ!」
「と思うんだが、兄貴の話ゃ、大きに芸が細けえようなことをいって、ちっとも細かくねえんだからな。女の殺されているのはいいとして、どこで本人が殺されているのか、肝心の方角をいわねえんで、だんなだっても急ぎようがねえんだよ」
「つべこべと揚げ足取るなッ。何もかもおぜんだてができていればこそ、せきたてるんだッ。細けえか、細かくねえか、表へ出てみりゃちゃんとわからあ! さ! だんなも立ったり! 立ったり!」
手をひっぱるようにしながら表へ連れ出すと、いかさま芸が細かいと自慢したのも道理でした。珍しく気のきいた大働きで、ちゃんともう用意しておいた早駕籠《はやかご》に名人を押し込めながら、鼻高々と案内していったまではおてがらでしたが、やっぱりこの辺が伝六流です。早駕籠までも雇っていく以上は、よほど遠方だろうと思われたのに、なんとも大笑いなことには、連れていったその先は、両国|河岸《がし》から五、六町とない目と鼻の新光院通りでした。
けれども、本人は大得意。
「ざまみろい! 辰ッ。このとおり、おいらのやることあ細けえんだッ。――ここですよ! ここですよ! この家がそうですよ」
てがら顔に案内してはいろうとした問題のそのひと構えを、あごをなでなでちらりと見ながめていましたが、ぴたりともう右門流でした。
「ほほう。ご家人だな」
「え?」
「ここのおやじはご家人だなといってるんだよ」
「やりきれねえな。おいらが汗水たらして洗ったネタを、だんなときちゃ、ただのひとにらみで当てるんだからな。どうしてまたそんなことがわかるんですかい」
「またお株を始めやがった。この一郭は大御番組のお直参がいただいている組屋敷町じゃねえか。直参なら旗本かご家人のどっちかだが、この貧乏ったらしい造りをみろい。旗本にこんな安構えはねえよ」
まず一つ伝六を驚かしておくと、八丁堀の名物の巻き羽織のままで、案内も請わずさっさと通りました。しかるに、構えの中へ通ってみると、少しくいぶかしいことには、表付きの貧弱なるにひきかえ、家うちの器具調度なぞのぐあいが、ただのご家人にしてはいたくぜいたくなのです。
「はてな
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