ですよ、そうですよ。辰みてえにお上品じゃござんせんからね。さぞやお気に入らねえ子分でござんしょうが、なにもあっしが行きたくてなぞかけるんじゃねえんだ。あのとおり、辰の野郎がまだ山だしで、仁王《におう》様に足が何本あるかも知らねえんだから、こんなときにしみじみ教育してやったらと思うからこそいうんですよ」
「…………」
「伝之丞の居合い抜きが殺風景だというんなら、生き人形なぞも悪くねえと思うんですがね」
「…………」
「それでも御意に召さなきゃ、ことのついでに両国までのすなんてえのも、ちょっと味変わりでおつですぜ」
「…………」
「聞きゃ、娘手踊りと猿公《えてこう》のおしばいが、たいそうもねえ評判だってことだから、まずべっぴんにお目にかかってひと堪能《たんのう》してから、さるのほうに回るなんてえのも、悪い筋書きじゃねえと思うんですがね。あっしのこしれえたお献立じゃ気に入りませんかね」
「…………」
「ちぇッ。何が御意に召さなくて、あっしのいうことばかりはお取り上げくださらねえんですかい。天高く馬肥えるってえいうくれえのものじゃござんせんか。人間だっても、こくをとってみっちり太っておかなきゃ、これから寒に向かってしのげねえんだ。久しく油っこいものいただかねえから、まだ少しはええようだが、今からそろそろ出かけて、お昼に水金あたりでうなぎでもたんまり詰め込んでから、腹ごなしに小屋回りするなんてえのは、思っただけでも気が浮くじゃござんせんか」
――と、それまで何をいっても黙々として相手にしなかった名人が、はしなくも伝六のいった食べ物の話をきくと、むっくり起き上がりながら、にわかに活気づいて、いとも朗らかにいいました。
「ちげえねえ、ちげえねえ。どうも近ごろ少し骨離れがしたようで、何をするのもおっくうだと思っていたら、それだよ、それだよ。水金のたれはちっと甘口でぞっとしねえが、中くしのほどよいところを二、三人まえいただくのも、いかさま悪くねえ寸法だ。はええところお公卿《くげ》さまを呼んできな」
いうまに茶献上をしゅッしゅッとしごきながら、蝋色鞘《ろいろざや》を意気差しに、はればれとして立ち上がったものでしたから、伝六のことごとく悦に入ったのはいうまでもないことでした。
「ちッ、ありがてえ! ちくしょうめ、すっかり世の中が明るくなりゃがったじゃねえか。だから、なぞもかけてみるも
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