なに一つ顔の色に現わさないのがまた名人の十八番です。いたって物静かに尋問を始めました。
「ご姓名は?――」
 と――、なんとしたものだろう! これがすこぶる意外でした。
「申します。お尋ねなさらなくとも申します。井上金八と申します」
 剣もほろろにはねつけるか、でなくばいたけだかになってどなりでもするかと思われたのが、じつに案外なことにも、いたって穏やかな調子ですらすらと申し立てましたものでしたから、名人の不審は急激に深まりました。貧弱なご家人だなと思えば、家へはいってみると思いのほかに裕福なのです。裕福かと思えば、見舞い客が少ないのです。少ないかと思えば、主人らしい男が、殺されている女とはひどくふつりあいに若くて色男なのです。しかも、傲慢に見えるので、心しながら尋問すると、じつにかくのごとく穏やかなのです。
「どうやら、これは難事件だな」
 すべてのお献立がはなはだぶきみでしたから、推断、観察を誤るまいとするように、名人はいっそうの物静かな口調で、尋問をつづけました。
「お禄高《ろくだか》は?」
「お恥ずかしいほどの少禄にござります」
「少禄にもいろいろござりまするが、どのくらいでござりまするか」
「わずか五十石八人|扶持《ぶち》にござります」
「では、やっぱりご家人でござりましょうな」
「はッ。おめがねどおりにござります」
「これなるご不幸のおかたは?――」
「てまえの家内にござります」
「だいぶお年が違うように存じまするが――」
「はっ。てまえが九つ年下でござります」
「ほかにご家族は?――」
「女中がひとりいるきりでござります」
「年は?――」
「しかとは存じませぬが、二十二か三のように心得てござります」
「では、これなるご内室がどうしてこんなお災難にかかりましたか、肝心のそのことでござりまするが――」
 きこうとしたのを、
「それだッ、それだッ。いま出るかいま出るかと、そいつを待っていたんですよ!」
 わがてがらの吹聴《ふいちょう》どきはここぞとばかり、やにわと横からことばを奪って、しゃきり出たのはだれならぬ伝六です。
「ようよう、これであっしの鼻も高くなるというもんだ。いまかいまかと、ずいぶんしびれをきらしましたよ。ところで、ひとつ、肝心のその話にうつるまえに、ぜひにだんなにお目にかけたい珍品があるんだがね。というともってえつけるようだが、こいつがたいそ
前へ 次へ
全25ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング