、目が狂ったのかな」
 いうように、じろじろと見ながめていましたが、事の急は非業を遂げたとかいうそれなる女の検死が第一でしたから、まず現場へと押し入りました。
 ところが、その現場なるものがまたひどく不審でした。寝所らしい奥まった一室であったことに別段の不思議はなかったが、旗本ならいうまでもないこと、いかに少禄《しょうろく》のご家人であったにしても、事いやしくも天下のご直参であるからには、急を聞いて三人や五人、親類縁者の者が来合わせているべきはずなのに、死体のそばに付き添っているのは、あるじらしい男がたった一人――
「ごめん……」
 黙礼しながら通ると、
「念までもあるまいが、検死が済むまでは現場に手をおつけなさらないようにと、当家のかたがたへ堅く言いおいたろうな」
「一の子分じゃあござんせんか! だんなの手口は、目だこ耳だこの当たるほど見聞きしているんだッ。そこに抜かりのある伝六たあ伝六がちがいますよ!」
 確かめておいてから、あけに染まって夜着の中に寝かされたままである死骸《しがい》ののど首のところを、ほんのじろりと一瞥《いちべつ》していた様子でしたが、第二の右門流でした。
「ほほう。わきざしでなし、短刀でなし、まさしく小柄《こづか》で突いた突き傷だな」
 ずばりとホシをさしておくと、気味のわるい町方役人が来たものじゃな、というように、じろじろとうさんくさげに見ながめているあるじのほうへ、いんぎんに一礼していいました。
「お初に……八丁堀の者でござります。とんだご災難でござりましたな」
 いいつつ、名人十八番中の十八番なるあの目です。見ないような、見るような、穏やかのような、鋭いような、ぶきみきわまりないあの目で、一瞬のうちに主人の全体を観察してしまいました。
 したところによると、それなるあるじがなんとも不思議なほど若すぎるのです。非業の最期を遂げている女を三十五、六とするなら、少なくもそれより七、八つは年下だろうと思われるほど若いうえに、男まえもまたふつりあいなくらいの美男子なのでした。加うるに、どうも傲慢《ごうまん》らしい! 見るからに険のあるまなざし、傲然《ごうぜん》とした態度、何か尋ねたら、お直参であるのを唯一の武器にふりかざして、頭からこちらを不浄役人扱いしかねまじい不遜《ふそん》な節々がじゅうぶんにうかがわれました。
 しかし、それと見てとっても、
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