ゃわからねえや。なんだって、こんな人騒がせやったんだ」
「面目ございませぬ。これなる女との道ならぬ不義につい目がくらみ、金のくめんにせっぱ詰まって、ご主人のご印鑑を盗み出し、他へお能面をこっそりと質替えいたしましてござります。お騒がせいたしまして、なんともあいすみませぬ」
「でも、ちと不審じゃな。そなたが金のくめんに困るはよいとして、こちらのご新造はりっぱな分限者の女主人だ。金に困るとは、またどういうわけじゃ」
「いいえ、それがちっとも不審ではござりませぬ。あれなる番頭十兵衛は、先代の甥《おい》でござりまして、口やかましく身代の管理をいたしておりますゆえ、あるはあっても一文たりとままにならぬのでござります」
「そうか。そこで、このおかみさん、十兵衛に罪を着せて、うまいこと追ん出し、あとでほどよくねこばばするつもりから、ろくでもないあんな告げ口したのかい。そうとわかりゃ、先を急がなくちゃならねえが、室井屋という質屋は何町だ」
「表神田でござります」
「じゃ、お由さん、北村のご主人に、そのこと一刻も早く知らせてあげておくんなさい」
 お由を走らせておくと、まことに右門流の裁決でした。
「普通ならば伝馬町《てんまちょう》ものだが、表だたば北村大学殿が家門断絶に会わねばならぬ。今川古流のために、忍んでおいてつかわすゆえ、以後きっとかようなまねいたされるなよ! 仏の顔も三度というくらいなものじゃ。二度とふらち働くと、右門のまなこがピカリと光りますぞ! もう見るのもむしずが走るわ。はようお行き召されよ!」
 ふたりを追いたてながら、そして述懐するようにいいました。
「黒川の野郎もとんだ大まぬけさ。オランダ錠のあけ方を知っているんだから、封印に細工をしたあとで、こっそりまた印形を文庫の中へ入れておきゃいいのに、いつまでも後生だいじに紙入れの中なんぞに入れておきゃがったんで、ろくでもねえ色恋までもあばかれるんだ」
 ――しかし、世はさまざまです。月に流れて心の底にまでもしみ渡るような呼び声が聞こえました。
「淡路イ島、通う千鳥の恋のつじうらア――」



底本:「右門捕物帖(二)」春陽文庫、春陽堂書店
   1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
入力:tatsuki
校正:柳沢成雄
2000年8月10日公開
2005年8月11日修正
青空文庫作成ファイル:
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