じめてズバリと言い放たれました。
「そうか! 筋書きがそう調子よくおいでになりゃ、なにもあごのまばらひげなんぞまさぐるにゃあたらねえや。ご高家仕えのご用人さんだから荒っぽい痛み吟味もできねえし、どうしたもんだろうとひと汗絞るところだったが、万事がおあつらえ向きだ。じゃ、伝六ッ、辰ッ、おおかたふたりで池ノ瑞でも浮かれ歩くつもりにちげえねえから、見失わねえようにすぐあとをつけろ。ひと足おくれていくから、合い図しろよ」
命じておくと、まことに右門流でした。
「ちと変なお願いでござんすが、お由さん、大急ぎで鳥追い姿にやつしてくれませんか」
「…………?」
「ご不審はあとでわかりますから、ひとっ走りお宅へ帰って、早いところおしたくしてくださいましよ」
くし巻きお由、今こそ堅気のあだ者お由でしたが、一年まえまでは生き馬の目を抜いたはやぶさお由です。名人の胸中を早くも読んだものか、遠くもない天神下へ小走りに駆けだしていったものでしたから、そこの四つつじにたたずみながら、したくの整うのを待ちました。
4
「これでようござんすか」
時を移さず姿をやつして、鳥追い笠《がさ》に、あだめかしい緋色《ひいろ》の裳裾《もすそ》をちらちらさせつつ、三味線《しゃみせん》片手にお由がやって参りましたので、名人は待ちうけながら、ただちに忍《しのぶ》ガ岡《おか》目ざしました。
おりからお十三夜の豆名月は、秋空|碧々《へきへき》として澄み渡った中天にさえまさり、宵風そよぐみぎわのあたり月光しぶく弁天の森、池面《いけも》に銀波金波きらめき散って、座頭の妻の泣く名月の夜は、今がちょうど人の出盛りでした。
と――そこの池ノ端の柳の影から、高々と片手をあげて合い図したのは伝六です。気づかれないように近づきながらすかしてみると、それとも知らぬげに用人黒川と、こってり塗った質屋の若後家が、人目もはばからずに喃々喋々《なんなんちょうちょう》と、はなはだよろしくない艶語《えんご》にうつつをぬかしている姿が目にはいりましたので、認めるや同時です。
「あの用人の野郎の懐中物をすっておくんなさい!」
「えッ!」
「あっしが許してお願いするんだ。遠慮なさらず、昔の腕を奮っておくんなさいよ」
「そうでござんしたか! そのために、わたしを鳥追いにやつさせたんでござんすか。お上のだんながお許しくださいましたとならば、久しぶりに若返りましょうよ」
ようやくそれと知ったとみえて、投げ節笠に面をかくしながら、ばち音涼しく両人のかたわらへ近づくと、
「おむつまじゅうござんすね。お引き出物に、ひとつ歌わせておくんなさいな」
いいつつすれ違ったせつな! さすがはいにしえ、江戸八百八町に鳴らしたくし巻きお由です。あざやかに黒川の紙入れを抜き取りながら、引き返してまいりましたので、ただちに中身を見改めました。
と――果然現われ出たものは、北村大学の紛失したはずの印鑑でした。しかも、それといっしょに室井屋と文字のよめる質屋札が出てまいりましたものでしたから、ただもうあとは疾風迅雷《しっぷうじんらい》の右門流――
「用人黒川! 神妙にせい!」
「えッ!」
「さっきの右門と今の右門たあ、同じ右門でも味がお違い申すんだッ。じたばたせずと、おなわうけい!」
「そうか! ゆだんさせて、つけてきやがったのか! もうこうなりゃ破れかぶれだッ」
こざかしいことにも、なまくら刀を引き抜いて切りかかったものでしたから、まことにどうもはや、胸のすくことでした。
「たわけ者ッ、菜っ葉包丁みたいなものを、おもちゃにすんねえ! お月さんが笑ってらあ」
いいざま、ぐいとその二の腕を押えたは十八番の草香流です。それと知って、いちはやく逃げようとした若後家は辰の役目。ちょんちょんとすずめ足で追いかけながら、みごとな投げなわで押えていたのも、四尺八寸のお公卿さま、背たけに似合わずあっぱれでしたが、伝六がまたなかなかにがら相当なので――。
「うるせえ! 寄るなッ、寄るなッ」
物音をききつけて、どっと駆け集まってきたやじうまたちを追い散らしましたので、名人の鋭くさえたことばが、まず用人黒川を見舞いました。
「世間に知られちゃ、きさまも北村殿も割腹ものだ。手数をかけずにどろを吐けッ」
「…………」
「まだつまらぬ強情張るのかい。じゃ、びっくりするもの見せてやろう。この印形と質札に覚えはねえのか!」
「げえッ」
「おそいよ、おそいよ。こっちゃお献立ができてから押えたんだ。びっくりするまにどろを吐いたらどんなものだ」
「そうでござりまするか! どうしてお手にはいりましたか存じませぬが、その二品を押えられましては、お慈悲におすがり申すよりほかにしかたがござりますまい。なんとも恐れ入りましてございます」
「ただ恐れ入っただけじ
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