ゃるんですかい! いくらだんなが碁は初段にちけえお腕めえだって、音を聞いただけで眼の狂いがわかってたまりますかい! 碁打ちのなかにだって、石川|五右衛門《ごえもん》の生まれ変わりがいねえともかぎらねえんだ。十兵衛の野郎、どう考えたってくせえんだから、しりごみせずと踏ん込みましょうよ!」
「わかりのにぶいやつだな。あの石の運びは、まさしく習いたてのザル碁の音だ。碁将棋を覚えりゃ、親の死にめにも会われねえというくれえのもんじゃねえか。野郎め、そわそわしながら出てきたな、近ごろに覚えやがったんで、それがおもしろくてならねえからのことだよ。だいいち、身にやましいことがありゃ、ああゆうゆう閑々と碁石なんぞいじくっていられるものかい。とんだ大笑いさ」
「ちぇッ、伝六太鼓鳴りそこないましたか。じゃ、ちっとまたあわてなくちゃなりますまいが、これからいったい、どうなさるんですかい」
「ところが、物は当たってみるもんじゃねえか。碁石の音をきいて、とんだ忘れ物をいま思い出したよ。さっき北村の大学先生から、だいじなことで聞き忘れていたことが一つあるはずだが、おめえは思い出さねえのかい」
「…………※[#疑問符感嘆符、1−8−77]」
「印形だよ。封印に使った印形が無事息災かどうか、肝心なそいつをちっとも聞かなかったじゃねえか」
「ちげえねえ、ちげえねえ」
 名人にも似合わない大きな忘れ物でしたから、ほとんど一足飛びでした。質屋の筋向かいといったのを目あてに、すぐさま北村大学方を訪れました。
 と――門をはいろうとしたその出会いがしらです。
「ま! だんなでござんしたか。ちょうどよいところでござんした。妙なことがございますゆえ、さっそくお知らせいたしましょうと、お出回り先を捜していたところでござんすが、たしかに、手文庫の中へしまっておいたはずだとおっしゃいますのに、北村のお殿さまのご印鑑がおなくなりなすっていますんですよ」
 はたせるかな! 印鑑に異状のあることがお由の口から報告されましたので、名人になんのちゅうちょがあるべき! さっそく奥へ通ると、それなる手文庫の内見を求めました。
「なくなったのにお気づきなさったのは、いつでござります」
「ほんの今なのじゃ」
「では、お封印のときお使いなすったままで、今までは一度もご用がなかったのでござりまするな」
「そうなのじゃ。見らるるとおり、特別仕
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