左右へゆらゆらと揺れ動いたかと思われましたが、底からいちじに水でもが吹きあげてまいりましたものか、あッと思った間にぶくぶくと、吸われるごとく水中にめりこみました。時も時なら、おりもおりでしたから、思わぬ珍事|出来《しゅったい》に風流優雅の絵模様を浮かべたたえていた水上は、たちまち混乱|騒擾《そうじょう》の阿修羅《あしゅら》地獄にさまを変えたのは当然――
「火だッ、火だッ。早くたいまつ燃やせッ」
「どっちだッ、どっちだッ、姿が見えねえじゃねえかッ」
「こっちだッ、こっちだッ。ひとり抱き上げたから、早くなわを投げろッ」
響き合わせて、土手の上も喧々囂々《けんけんごうごう》と声から声がつづきました。
「あがったな、だれだッ、だれだッ。先生か、お嬢さまかッ。姿は見えねえかッ」
「髪のぐあいが小町らしいぞッ」
「違うッ、違うッ。おやじらしいぞッ」
と――わめき叫んでいる群集のうしろから、そのとき、突如聞いたような声が起こりました。
「じゃまだッ、じゃまだッ。道をあけろッ。通れねえじゃねえかッ」
いっしょに見たような顔が、にょっきりと現われましたので、よくよく見定めると、聞いたも道理、見たよ
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