河岸は身動きもならないほどの人出でした。水上もまた同様で、見物客を満載した伝馬船《てんません》が約二十|艘《そう》、それらの間をおもいおもいな趣向にいろどった屋形船が、千姿万態の娘たちをひとりずつすだれの奥にちらつかさせて、銀河きらめく暗夜の下を右に左に縫っていく情景は、見るからに涼味|万斛《ばんこく》、広重《ひろしげ》北斎がこの時代に存生していたにしても、とうていこのすがすがしい景趣ふぜいは描破できまいと思われるほどの涼しさでした。
 かかるところへ、わけても涼しげな飾りつけで、奥宮戸のあたりからゆらりゆらりと流してきた一艘は、これぞ今宵《こよい》のぴか一、才色兼ね備わっているところから、式部小町と評判されたあで人|琴女《ことめ》が座用の屋形船です。遠くてよくはわからないが、年のころならまず十七、八歳、面長中肉江戸型の美貌《びぼう》はまことに輝くばかりで、そばに控えた父先生の神宮清臣、ひとひざ下がって介添え役の小童《こわらべ》。おりから青空高らかにのぞいた七日の月の光をあびて、金波銀波を水面に散らしながら、静々と下ってまいりましたので、両側土手のわいわい連が、見たとてどうにもなるわけ
前へ 次へ
全49ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
佐々木 味津三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング