硯《まきえすずり》を介添え申し上げると、深窓玉なす佳人がぽっとほおを染めながら、紅筆とって恋歌を書きしたためる。そのたんざくを葉笹《はざさ》に結わいつけてあかり燈籠《とうろう》を添えながら水に流してやると、二、三町下った川下に前髪立ちの振りそで若衆が待ち構えていて、われ先にと拾いあげる、それから舟を上へこがして、拾った恋歌を目あてに、思いのたけをこめた返歌を流して贈る――一口にいうとただそれだけの遊びですが、これにたずさわる人々が、粒よりの風流人ばかりですので、優雅も優雅なら、情趣ふぜいの夏らしい点からいっても、なかなか評判とった催し物でした。
 ことに、七日の宵《よい》がまたうってつけのたなばた晴れで、加うるに式部小町とあだ名をされた上野山下の国学者|神宮清臣《かんみやきよおみ》先生の愛女《まなむすめ》琴女《ことめ》が、その夜のたんざく流しに三国一の花婿選みをするという評判でしたから、物見高いはいつの世も同じ江戸っ子のつねです。たなばた流しのなにものであることすらもわからない無風流人までが、涼みがてらと小町娘をかいま見るためにわいわい押しかけまして、まだ日の暮れきらないうちから、両国
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