した。
しかし、あいにくとそのとき、おふたりのごあいさつが終わって、尾州侯がふたたびお駕籠に召されながら、伊豆守様のお召し駕籠ともども、しずかにお行列が練りだしましたものでしたから、いぶかりながらもお見送り申しあげていると、後詰めの徒侍《かちざむらい》がやはり六十名。それにお牽馬《ひきうま》[#「お牽馬」は底本では「お索馬」]が二頭、茶坊主、御用飛脚、つづいてあとからもう一丁尾張家の御用駕籠が行列に従ってやって参りました。参覲交替にお替え駕籠というのもあまり聞かない話であるし、もしおへやさまなぞをこっそりとご同伴であった場合は、世間体をはばかるために、普通お行列よりも半日くらい先に立たせるか、ないしはまた遅れてお道中をさせるのが通例であるのに、どうしたことか、どなたがお召しになっているのか、もう一丁御用駕籠がお行列につき従ってやって参りましたものでしたから、はてなと思って怪しんでいると、まさにそのせつなです。くだんの八ツ山坂を向こうに駆け抜けていった不審の駕籠が、そこのちょっとした木立ちの陰にぴたり息づえを止めたかと見えましたが、咄《とつ》! 奇怪! ――怪しの駕籠の中から、二本の腕がぬっと出るやいっしょで、きりきりと双手《もろて》さばきの半弓が満月に引きしぼられたかと思われましたが、ヒュウと一箭《いっせん》、うなりを発しながら一本の矢が風を切って飛来すると同時に、今、右門が不審をうった行列うしろのその御用駕籠へ、たれを通してぶつりと命中したものでしたから、なんじょう騒ぎたたないでいられましょうぞ!
「くせ者じゃ、くせ者じゃッ」
「狼藉者《ろうぜきもの》でござりまするぞッ」
すわ珍事とばかりに、呼び叫んだ声といっしょで、めでたかりし参覲途上のお行列は、たちまち騒然と乱れたち、まず何より先にと供まわりの一隊が十重二十重《とえはたえ》の人楯《ひとだて》つくって、尾州侯豆州侯お二方のお召し駕籠をぐるりと取り巻きながら、とりあえず安全な地点へお運び申しあげる。一隊はまた坂上のくせ者めがけて逃がさじと駆けつける、残りの徒侍どもは矢を射こまれたなぞの御用駕籠をこれまたぐるりと取り巻いてご警固申しあげる、呼ぶ声、叫ぶ声、駆けこう足音、五十三次やれやれの宿の品川浜は、思わぬ珍事に煮えくり返るような騒ぎとなってしまいました。
もちろん、われらの捕物名人が、事起こるといっしょで、
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