ことに伝六は生きたここちもないもののようでしたが、右門はかまわずにさっさと道を神田へ出ると、一路行き向かったところは、河内山《こうちやま》宗俊《そうしゅん》でおなじみのあの練塀小路《ねりべいこうじ》でした。
しかし、当時の練塀小路は河内山宗俊が啖呵《たんか》をきったほどの有名な小路ではなく、御家人《ごけにん》屋敷が道向かいには長屋門をつらねて、直参顔《じきさんがお》の横柄《おうへい》な構えをしているかと思うと、そのこちら側には願人坊主の講元があるといったような、士、工、商、雑居の吹き寄せ町で、そのごちゃごちゃと蜘蛛手《くもで》に張られた横路地を、あちらへこちらへしきりに何か捜しまわっていたようでしたが、ようやくそこの鍵辻《かぎつじ》を袋地へ行き当たったどんづまりで、『都ぶり人形師――藤阿弥《ふじあみ》』と、看板の出た一軒を発見すると、どんどん表戸をたたきながら呼びたてました。
「起きろ起きろッ、戸をあけろッ」
徒弟らしい若者が、なにげなく繰りあけたその足もとで、いまだになおつけ慕っていた怪猫《かいびょう》が、不意にニャゴウと鳴きたてましたものでしたから、若者のぎょッとなったのはいう
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